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6年生の日本昔話
ひろったさいふ
むかし江戸(えど)に、左官屋(さかんや→壁(かべ)をぬる職人)のでんすけという人がすんでいました。
ある年の十二月、しごとの帰りに道でさいふをひろいました。
なかをしらべると、一両小判が三枚(3まい)入っていました。
「おやおや、もうじき正月がくるというのに三両(→約二十一万円)ものお金をおとすなんて、きのどくに。おとした人はさぞ、こまっているだろうな」
でんすけがさいふをよくしらベてみると、名前と住所を書いた紙が入っていました。
「なになに、神田(かんだ)の大工の吉五郎(きちごろう)か。よし、ひとっぱしり、とどけでやろう。いまごろきっと、青くなって、さがしているだろうよ」
しんせつなでんすけは、わざわざ神田までいって、ようやく吉五郎(きちごろう)の家をさがしだしました。
「こんにちは。吉五郎(きちごろう)さん、いますか?」
「ああ、おれが吉五郎(きちごろう)だが、なにか用かね?」
「わたしは左官のでんすけというんだがね、おまえさん、さいふをおとさなかったかね?」
「ああ、おとしたよ」
「なかに、いくら入っていたんだね?」
「そんなこと、なんでおまえさんがきくんだい?」
「なんでもいいから、へんじをしてくれよ」
「三両だよ。お正月がくるんで、やっとかきあつめただいじな金だったんだ」
それをきいて、でんすけは、
「そうかい。それじゃこれはたしかにおまえさんのおとしたさいふだ。ほら、うけとってくれ」
と、さいふをさしだしました。
ところが吉五郎(きちごろう)は、さいふをチラッとみただけで、プイとよこをむいていいました。
「それは、おれのじゃないよ」
「えっ? だっておまえさん、いま、だいじな三両が入ったさいふをおとしたっていったじゃないか。それにおまえさんの名前と住所を書いた紙も、入っていたんだ。このさいふは、たしかにおまえさんのものだよ」
「ちがうよ。そりゃあ、たしかにおれはさいふをおとしたよ。だけど、おとしたものは、もう、おれのものじゃない。ひろったおまえさんのものだ。もって帰ってくれ」
「なんだって!」
でんすけは、ムッとしました。
「なんてことをいうんだ。ひろったものをだまって自分のものにするくらいなら、わざわざさがしながら、こんなところまでとどけにきたりするもんか。すなおに『ありがとうございます』と、いってうけとればいいじゃないか」
「ちえっ、おまえさんもごうじょうっぱりだなあ。おれはそのさいふはおまえさんにくれてやるっていってるんだぜ。そっちこそすなおに『ありがとうございます』と、いってさっさともって帰りゃあいいじゃないか。だいいち、この十二月になって、三両もの金が手に入れば、おまえさんだって、たすかるだろうに」
「ばかやろう!」
とうとうでんすけは、吉五郎(きちごろう)をどなりつけました。
「おれはこじきじゃねえ。人のものをひろってふところへ入れるほど、おちぶれちゃいないんだ。ふざけるのもいいかげんにしろ。とにかく、これはおいていくぜ」
でんすけが、さいふをおいて帰ろうとすると、
「おいまて!」
吉五郎(きちごろう)はその手をつかんで、さいふをおしつけました。
「こんなもの、ここにおいて帰られちゃ、めいわくだよ。もって帰ってくれ」
「まだ、そんなことをいってるのか」
二人のがんこものは、さいふをなかにして、とうとうとっくみあいのけんかになってしまいました。
そのさわぎをきいてやってきた近くの人たちが、いくらなだめても、二人ともききません。
きんじょの人たちは、こまりはてて、とうとうお奉行(ぶぎょう)さまにうったえました。
そのときのお奉行(ぶぎょう)さまは、名高い、大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)という人でした。
越前守(えちぜんのかみ)は、二人の話をきくと、
「大工、吉五郎(きちごろう)。せっかくでんすけがとどけてくれたのだ。すなおにれいをいって、うけとったらどうじゃ」
「とんでもありません、おぶぎょうさま。おとしたものは、なくしたのとおなじでございます。わたくしのものではありません」
「では、左官でんすけ。吉五郎(きちごろう)がいらないというのだ。この三両はひろったおまえのものだ。うけとるがよいぞ」
「じょうだんじゃありません、おぶぎょうさま。ひろったものをもらうくらいなら、なにもこのいそがしい年のくれに、わざわざ神田までとどけにいったりなどしやしません。おとしものはおとした人にかえすのが、あたりまえです」
二人とも、がんこにいいはってききません。
すると越前守(えちぜんのかみ)は、
「そうか。おまえたちがどちらもいらないというなら、持ち主がないものとして、この越前(えちぜん)がもらっておこう」
お奉行(ぶぎょう)さまに金をよこどりされて、二人はビックリしました。
でも、いらないといったのですから、しかたがありません。
「はい。それでけっこうです」
と、こたえて、帰ろうとしました。
そのとき、越前守(えちぜんのかみ)は、
「吉五郎(きちごろう)、でんすけ、しばらくまて」
と、二人をよびとめました。
「おまえたちのしょうじきなのには、わしもすっかりかんしんした。そのしょうじきにたいして、越前(えちぜん)から、ほうびをつかわそう」
越前守(えちぜんのかみ)はふところから一両の小判をとり出すと、さっきの三両のこばんとあわせて四両にし、吉五郎(きちごろう)とでんすけに二両ずつやりました。
ところがふたりとも、なぜ二両ずつほうびをもらったのか、わけのわからないようなみょうな顔をしています。
そこで越前守(えちぜんのかみ)は、わらいながらいいました。
「大工の吉五郎(きちごろう)は、三両おとして二両のほうびをもらったから、さしひき一両のそん。左官のでんすけは、三両ひろったのに、おとしぬしにとどけて、二両のほうびをもらったから、これもやはり、一両のそん。この越前(えちぜん)も一両たしたから、一両のそん。これで三方、一両ぞんというのはどうじゃ?」
「なるほど!」
吉五郎(きちごろう)とでんすけは、顔をみあわせて、ニッコリしました。
「さすが名奉行(めいぶぎょう)の大岡(おおおか)さま。みごとなおさばき、おそれいりました」
「このお金は、ありがたくいただいてまいります」
「うむ。ふたりともめずらしいほどのしょうじきものたちじゃ、これからのちは友だちとなって、なかよくつきあっていくがよいぞ」
「はい。ありがとうございます」
吉五郎(きちごろう)とでんすけは、ここに来たときとはまるではんたいに、うまれたときからのなかよしのように、かたをならべて帰っていきました。
「うむ、これにて、一件落着!」
おしまい
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