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6月25日の日本の昔話

幸運をまねくネコ

幸運をまねくネコ

 今より四百年ほどもむかしです。
 ある寺に、天極秀道(てんごくしゅうどう)というお坊さんが住んでいました。
 文字どおりの破れ寺で、屋根はすっかりかたむき、くずれた土塀(どべい)の穴から中がまる見えでした。
 それでも秀道はまったく気にもかけず、この寺にまよいこんだ一匹のネコと、のんびり暮らしていました。
 ある年の春、秀道は寺の緑側(えんがわ)に座って、ひなたぼっこをしていました。
 ひざの上のネコの頭をなでながら、なにげなくひとりごとです。
「ネコの子ほども役立たず、ということがあるけれど、わしはまるで役立たずの人間だわい。おまえは幸いにも無事に育つことができた。まずしくとも、食べる心配はなかろう。どうだな、このあたりでチットは、役に立つネコになっては」
 そのとたん、ネコはひざからピョンととびおり、「ニャーオ」と鳴きました。
「おや、怒ったのかい? 気にするな。いまのは冗談。おまえは役立たずでけっこう」
 秀道はふたたびネコを抱いてひざの上にのせ、一日中ネコといっしょにいねむりをしていました。
 そんなひとりごともすっかり忘れてしまったある日のこと、表の方から、にぎやかなウマのひづめの音が聞こえてきました。
 めったに人のたずねてこない寺です。
 秀道がなにごとかと庭(にわ)に出てみたら、七、八人の狩装束(かりしょうぞく→狩りの時の服装)をつけたさむらいが、次つぎとウマをおりて、境内(けいだい)に入ってきました。
「なにかごようかな?」
 秀道がふしぎに思って声をかけると、その中の主人らしいさむらいが、ていねいに頭をさげて。
「わしは彦根(ひこね→滋賀県)城主の井伊直孝(いいなおたか)と申す。この地方を新しく将軍さまから拝領(はいりょう→主人からいただくこと)することになったので、遠乗りのついでに土地を見にきた。たまたま寺の前を通りかかると、ネコがさかんに手招きをするので、つい、立ちよったまでじゃ」
「それはそれは。こんな破れ寺に、よく立ちよってくださいました。わたしはこの寺の住職で天極秀道といいます。ごらんの通りの貧乏暮らしで、なにもさしあげるものはございませんが、せめてお茶なりともいっぷく」
 秀道は一行(いっこう)を居間(いま)に案内して、お茶の用意を始めました。
 すると、急に空がくもりだし、はげしい雷鳴(らいめい)とともに滝のような雨が降ってきました。
 この寺に立ちよらなければ、いまごろずぶぬれになっていたところです。
 直孝(なおたか)はひどく喜んで、
「いやあ、助かった。あのネコに招かれたおかげで、運よく雨やどりができた。これもなにかのめぐりあわせであろう」
と、言いました。
「おそれいります。役立たずのネコにしては上出来。どうぞ雨があがりますまで、ゆっくりしていってください」
 城主であっても、まるでいばったところのない直孝の態度に、秀道はすっかり感心して、心からもてなしました。
 直孝のほうも、貧乏寺の住職とは思えない秀道の人柄(ひとがら)にほれこみました。
 やがて雨もあがり、直孝の一行は、晴ればれとした気分で寺を出ていきました。
 秀道は、すぐにネコを抱きあげ、
「人助けをするとは、たいしたやつ。おかげでわしも、久しぶりにりっぱな人と話すことができたぞ」
「ニャー」
 ネコはうれしそうに、秀道の胸に顔をうめました。
 このことがきっかけで、直孝は遠乗りの時は、いつもこの寺をたずねるようになり、秀道は直孝のために、仏の道についてのあれこれを語って聞かせました。
 そのすぐれた知識に直孝は、
「これぞ、まことの高僧(こうそう)である」
と、言って、この寺を井伊家の菩提寺(ぼだいじ→一家の先祖を代だいをまつってある寺)とすることにしたのです。
 こうして、いままでは荒れるにまかせていた寺は、井伊家によって改築(かいちく)され、各地からつぎつぎと修行僧も集まり、寺はいよいよ栄えていきました。
 さて、そのネコは、寺がりっぱになってまもなく死んでしまいました。
 秀道はネコのために石碑(せきひ→はかいしのこと)をたて、命日には必ずおとずれたといいます。
 直孝も、ネコのことが忘れられず、
「あのネコは、観音菩薩(かんのんぼさつ)の化身(けしん→仏が、人間や動物の姿に変身したもの)にちがいない。わしは、ネコに招かれたおかげで、そなたに会い、仏の道のすばらしさを学び、寺を復興(ふっこう)させる喜びまで与えてもらった。どうだろう。招き観音として、本堂のそばにまつってあげては」
「ネコにとっても、わたしにとっても、この上なくありがたいおことばです」
 秀道は、すぐに本堂のそばに新しくネコをまつりました。
 すると、この話がたちまち広まり、「幸運を招くネコ」として、お参りにくる人がふえたということです。

おしまい

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