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        6年生の日本昔話 
          
          
         
かじかびょうぶ 
       むかしむかし、古くからさかえた家がありました。 
   ところがその家のいまの主人は、菊三郎(きくさぶろう)といって、生まれつきのなまけものです。 
   ノラリクラリとあそんでくらすうちに、たくさんの山や畑も売りつくして、とうとうさいごにのこった山も、売らないといけないようになってしまいました。  
   それである日、その山を見にのぼっていきました。  
   谷川をどこまでもどこまでものぼっていって、きれいな流れになるあたりいったいが、菊三郎(きくさぶろう)の持ち山です。  
   山には、天にもとどくような杉(すぎ)の木が、谷をはさんで、あっちの山にもこっちの山にも、何千本としげっています。  
   足もとはと見れば、みどりのこけがビッシリとはえ、谷川の水はつめたくすきとおって、なんとも美しい山でした。  
   それにこのあたりの谷川には、かじか(→カエルの一種。谷川の岩間にすみ、色は暗褐色(あんかっしょく)でオスは美声で鳴きます)がたくさんすんでいて、とてもいい声で鳴きます。  
   それで人はみんな、かじか沢(さわ)とよんでいました。  
   さて菊三郎(きくさぶろう)は、そのかじか沢(さわ)を、のぼったりくだったりしながら、この山を売ろうか、あの山を売ろうかと考えていましたが、すっかりくたびれてしまいました。  
  「どれ。一ねむりしようか」 
   菊三郎(きくさぶろう)は、大きな一枚岩(いちまいいわ)の上にひっくりかえりました。  
   杉木立(すぎこだち)のあいだの、青い空が目にしみるように美しく、かじかの美声が谷の底からわきあがるように聞こえてきます。  
  (気のせいか、きょうのかじかは、なにやらものかなしげに鳴いとるのう) 
   そんなことを考えているうちに、ウトウトと、ねむってしまいました。  
  「だんなさま、だんなさま」 
   どこからともなく、しわがれた声が聞こえてきます。  
  「菊三郎(きくさぶろう)さま」 
   名まえをよばれてからだをおこすと、すぐ目の前に、きみょうな顔をしたおじいさんがひとり、すわっていました。  
   カエルみたいな顔で、着物のすそからは、しずくがポタポタとたれています。  
  「のう、菊三郎(きくさぶろう)さま。おねげえでござります。このかじか沢(さわ)だけは、どうか売らんでいてくださりませ。おたのみもうしますだ」 
  「そういう、おまえさんは?」 
  「へえ、もうしおくれまして。わっしゃ、このあたりいったいにすむ、かじかの頭領(とうりょう→親分)でごぜえます。だんなさまが、このかじか沢(さわ)をお売りなさるってんで、あわててやってきました。なにとぞ、このかじか沢(さわ)をお売りにならんよう、おねげえもうしますだ」 
   頭領はにじりよって、菊三郎(きくさぶろう)の手をとってあたまを下げました。  
   その手の、なんとつめたいことでしょう。  
   そこで、菊三郎(きくさぶろう)はハッと目がさめました。  
  「いまのは、ゆめだったのか」 
  と、てのひらをみてみれば、びっしょりと水でぬれています。 
   あまりのふしぎさに、菊三郎(きくさぶろう)はもう山を見る気もしなくなって、そのまま家にかえりました。  
   山からかえると、菊三郎(きくさぶろう)は、なんとかしてかじか沢(さわ)は売らずにすませたい、そればかりを考えるようになりました。  
   それで、売りのこした古いかけ軸(じく)やら道具なんかを、あれやこれやとかきあつめて売りにだし、どうにか、かじか沢(さわ)を売らずにすませました。  
   もはや、家にのこっているものといったら、なんのねうちもないような、絵のかいてない白いびょうぶぐらいのものです。  
   その晩(ばん)のこと、菊三郎(きくさぶろう)はゆめの中で、なんだかおそろしくたくさんのかじかの声を聞いたような気がしました。  
   このあいだ山で聞いたときとはちがって、それはたのしそうな声でした。  
   目がさめると、もうあたりはあかるくなっています。  
   菊三郎(きくさぶろう)は、ふとんの中でのびをすると、  
  「ありゃっ?」 
   のばした手が、つめたいものにさわりました。  
   おどろいておきあがってみると、なんと、まくらもとがビッショリとぬれています。  
   そればかりか、水にぬれた小さな足あとが、縁側(えんがわ)のほうからつづいているではありませんか。  
   その足あとの先を見て、おどろきました。  
  「あっ!」 
   なんと目の前のびょうぶには、いつのまにか墨(すみ)の色もあざやかに、たくさんのかじかがえがかれているではありませんか。  
   そのびょうぶは、見れば見るほどよくかけています。  
   とんだりはねたり、のどをふくらましたりと、本物そっくりです。  
   どんな名人がかいたかしりませんが、ほんとうに、いまにも鳴きだしそうでした。  
   さて、菊三郎(きくさぶろう)のかじかびょうぶは、あっというまにひょうばんになって、村じゅうはもちろん、遠い町々からも見物がくるようになりました。  
   しまいには、都の名高い絵師たちまでが、わざわざ見にきて、おどろき感心してかえるのです。  
   千両箱をいくつもかさねて、ゆずってくれといってくる人も、ひとりやふたりではありませんでしたが、菊三郎(きくさぶろう)はどうしても、このびょうぶを手ばなす気にはなりませんでした。  
   そして、なまけものだった菊三郎(きくさぶろう)が、まるで人がかわったように、はたらきだしたのです。  
   おかげで、だんだん田畑もふえて、むかしにまけないほどのりっぱな家になりました。  
   人がらも、むかしの菊三郎(きくさぶろう)とは、まるっきりちがいます。  
   まずしい人には金や米をわけてやり、こまっている人には、ちえをかしてやります。  
   こうして、菊三郎(きくさぶろう)はしあわせにくらして、もう八十歳(80さい)をこえる老人になりました。  
   さすがの菊三郎(きくさぶろう)も、年にはかてません。  
   からだもガックリとおとろえて、このごろでは、ずっとねたっきりの身となりました。  
   そんなある日、殿(との)さまの使いの家老(かろう)が、おおぜいの家来をしたがえて、やってきました。  
   菊三郎(きくさぶろう)のまくらもとに、千両箱をいくつもつみかさねて、天下にひょうばんのかじかびょうぶを売れというのです。  
   菊三郎(きくさぶろう)は、キッパリとことわりました。  
  「だいじなびょうぶじゃ、あいてが殿(との)さまであろうと、手ばなすわけにはいかん」 
   ところが、家老ははらをたてて。  
  「えい、この無礼者(ぶれいもの)め。殿(との)さまのおぼしめしを、なんとこころえるか。それっ!」 
   家来どもは、ねている菊三郎(きくさぶろう)をふみこえて、びょうぶをうばってしまったのです。  
   菊三郎(きくさぶろう)は息もたえだえで、どうすることもできません。  
  と、そのとき、 
   ザワザワザワザワ  
   家老や家来どもの足もとを、何百というかじかが、はってゆくではありませんか。  
   なんとそれは、家老のかかえている、かじかびょうぶからはいだしてくるのでした。  
   そして見るまに、かじかびょうぶは、ただの白いびょうぶにかわってしまいました。  
  「そうじゃ、そうじゃ。それでよいのじゃ。みんな、かじか沢(さわ)へかえるがよい」 
   つぶやきながら、菊三郎(きくさぶろう)はニッコリわらって、死んでしまいました。  
      おしまい         
         
         
        
       
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