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2年生の日本昔話(にほんむかしばなし)
しっぺ太郎(たろう)
むかしむかし、ひとりの旅(たび)のお坊(ぼう)さんが、ある村をとおりかかりました。
みれば、田うえどきだというのに、だれひとり、田ではたらいているものがおりません。
ふしぎにおもっていると、その村の庄屋(しょうや)さんの家(いえ)の前(まえ)に、おおぜいの村人たちが集(あつ)まって、なにやらヒソヒソはなしあっています。
「はて、なんじゃろ?」
お坊(ぼう)さんが近(ちか)づいてみると、家(いえ)のなかから、なき声(ごえ)がきこえてきます。
「このうちの人は、どうしてないていなさる?」
お坊(ぼう)さん、そばにいった年よりにきいてみました。
「これはこれは、旅(たび)の坊(ぼう)さま。じつはけさがた、庄屋(しょうや)さまの家(いえ)に、白羽(しらは)の矢(や)がたっておったんです」
よくきいてみると、この村では、まい年田うえどきに、十五才(15さい)になるむすめのいる家(いえ)へ、白羽(しらは)の矢(や)がたつのです。
白羽(しらは)のたった家(いえ)のむすめは、秋祭(あきまつ)りのばんに、氏神(うじがみ→土地(とち)に住(す)む神(かみ))さまへ人身ごくう(ひとみごくう→人間(にんげん)をいけにえにすること)として、さしだすことになっているのです。
もし、さしださないと、つぎの年は大風(おおかぜ)がふいて、村じゅうの作物(さくもつ)が、みんなふきとばされてしまうというのです。
「なんてことだ。氏神(うじがみ)さまといえば、村をすくうものときまっておるのに。これは、氏神(うじがみ)さまの名をかたる、悪(わる)いばけものにちがいない。こんばんひとつ、のぞいてみよう」
そのばん、お坊(ぼう)さんは氏神(うじがみ)さまをまつってある、山へのぼっていきました。
そして、とりいのかげにそっと身(み)をかくして、夜(よる)のふけるのをまちました。
やがて真夜中(まよなか)になって、生ぐさい風(かぜ)がふいてきました。
お坊(ぼう)さんが首(くび)をすくめて、息(いき)を殺(ころ)していると、いきなり黒(くろ)いものが、お堂(どう)の前(まえ)にうかびあがりました。
「いったい、なんじゃ?」
お坊(ぼう)さんが目をこらしてながめていると、その黒(くろ)いばけものが、うすきみ悪(わる)い声(こえ)でうたいながら、おどりだしたのです。
♪でんずくばんずく、すってんてん。
♪このことばかりは、知(し)らせんな。
♪丹波(たんば)の国(くに)へ、知(し)らせんな。
♪しっぺえ太郎(たろう)さ、知(し)らせんな。
お坊(ぼう)さんは、その場(ば)にうずくまったまま、こおりついたように動(うご)けなくなってしまいました。
ふと気がつくと、あたりは明(あ)けてきて、ばけもののすがたは、もうどこにもありません。
お坊(ぼう)さんは、ハーッと息(いき)をついて、
「はて、あのばけものは、しっぺえ太郎(たろう)に知(し)らせんなと、いうとるが。こりゃあ、丹波(たんば→京都(きょうと)と兵庫(ひょうご)のさかい)の国(くに)へいって、しっぺえ太郎(たろう)をさがしてこねばなるまい」
そうおもうと、ころげるようにして村へかけもどり、庄屋(しょうや)さんの家(いえ)へいきました。
「ええか、秋(あき)の祭(まつ)りまでには、しっぺえ太郎(たろう)どんをつれてもどるから、気を落(お)とさんでまっておれ」
お坊(ぼう)さんは、そういいのこして、丹波(たんば)の国(くに)へ旅(たび)だったのです。
やがて、丹波(たんば)の国(くに)へたどりつくと、
「もし、すまんがの、しっぺえ太郎(たろう)というお人を、知(し)らんかな?」
お坊(ぼう)さんは、あっちの村、こっちの町と、足をぼうにしてさがし歩(ある)きましたが、きく人きく人、みんな首(くび)を横(よこ)にふるばかりです。
そのうちに、じかんはどんどんすぎて、あすはいよいよ秋祭(あきまつ)り。
「ああ、これだけさがしても、みつからんとは」
かたをガックリ落(お)として、お坊(ぼう)さんが道(みち)ばたにすわりこんでいると、むこうのほうから、ウシみたいに大きな黒犬(くろいぬ)が、のっそりのっそりやってきました。
そのすぐあとから、お寺(てら)の小坊主(こぼうず)がやってきて、
「しっぺえ太郎(たろう)。しっぺえ太郎(たろう)。はよう、もどってこい」
お坊(ぼう)さんは、とびあがりました。
「しっぺえ太郎(たろう)とは、イヌだったのか」
小坊主(こぼうず)にきいてみると、お寺(てら)のイヌだといいます。
さっそくお坊(ぼう)さんは、そのお寺(てら)にかけこんで、和尚(おしょう)さんにたのみこみました。
「これこれ、こういうわけだから、どうか、しっぺえ太郎(たろう)をかしてくだされ」
「ええとも、ええとも。なら、いそがんと、まにあわん。しっぺえ太郎(たろう)に、のっていきなされ」
和尚(おしょう)さんはしっぺえ太郎(たろう)をよんで、お坊(ぼう)さんをのせてくれました。
するとしっぺえ太郎(たろう)は、風(かぜ)のように走(はし)りだします。
野(の)をこえ、山をこえ、夜(よる)をてっして走(はし)りつづけ、やがて朝日(あさひ)がのぼり、そのお日さまが西(にし)の山へしずむころになって、しっぺえ太郎(たろう)にのったお坊(ぼう)さんは、村へかえりつきました。
庄屋(しょうや)さんの家(いえ)では、なんのたよりもないお坊(ぼう)さんのことは、すっかりあきらめていました。
なくなく、むすめに白むくの着物(きもの)をきせ、白おびに白たびをはかせ、家(いえ)の前(まえ)には、白木(しらき)の長持(ながもち→衣服(いふく)・調度(ちょうど)などを入れて保管(ほかん)したり運搬(うんぱん)したりする、長方形(ちょうほうけい)で、ふたのある大形(おおがた)の箱(はこ))をととのえていました。
そこへお坊(ぼう)さんが、ウシのように大きな黒犬(くろいぬ)にのってもどってきたので、村人たちはビックリしながらあつまりました。
「さあ、みなのしゅう。もう安心(あんしん)じゃ。この黒犬(くろいぬ)が、丹波(たんば)の国(くに)のしっぺえ太郎(たろう)じゃ」
お坊(ぼう)さんが、声(こえ)をはりあげていいました。
すると、むすめが入るばかりになっていた長持(ながもち)のなかへ、しっぺえ太郎(たろう)が入っていきました。
「しっぺえ太郎(たろう)が、身(み)がわりじゃ」
村人たちは、その長持(ながもち)をかつぎあげ、ドンガラドンガラ、かねやたいこをうちならし、あかあかとちょうちんをかかげながら、山の氏神(うじがみ)さまへのぼっていきました。
氏神(うじがみ)さまへつくと、村人たちはお堂(どう)の前(まえ)に長持(ながもち)をおろして、われさきにと、にげかえっていきます。
お坊(ぼう)さんひとりが、とりいのかげにかくれて、
「ばけもの、今(いま)にみておれ」
と、今(いま)か今(いま)かと、まっていました。
しばらくして、あたりの木のえだが、わさわさとさわぎはじめ、生ぐさい風(かぜ)がふいたと、おもうまもなく、あの黒(くろ)いばけものがとびだしてきました。
♪でんずくばんずく、すってんてん。
♪このことばかりは、知(し)らせんな。
♪丹波(たんば)の国(くに)へ、知(し)らせんな。
♪しっぺえ太郎(たろう)さ、知(し)らせんな。
ばけものはとびはねるようにして、長持(ながもち)のまわりをおどります。
そうして、ひとしきりおどると、長持(ながもち)のふたへ手をかけました。
「今(いま)だ、しっぺえ太郎(たろう)!」
お坊(ぼう)さんがそう言(い)うと、長持(ながもち)のふたがバン!と、はねとんで、なかからしっぺえ太郎(たろう)がとびだしました。
しっぺえ太郎(たろう)とばけものが、ひとつにからみあって、ころげまわり、うなり声(ごえ)があげます。
そのうなり声(ごえ)は、ひとばんじゅうつづき、村のすみずみまできこえて、人びとはブルブルとふるえあがっていました。
やがて一番(1ばん)どりがないて、東(ひがし)の空が明(あか)るくなってくると、あれだけのさわぎもピタリとおさまりました。
村の人たちは、びくびくしながら、山の氏神(うじがみ)さまへのぼっていきます。
きてみれば、お堂(どう)の前(まえ)に、年をとった大ザルが、のどをかみきられて死(し)んでいました。
そのそばに、きずだらけになったしっぺえ太郎(たろう)が、息(いき)をあらげて横(よこ)たわっています。
お坊(ぼう)さんも、気がぬけたように、とりいのかげにすわりこんでいます。
「ああ、ありがてえ、ありがてえ」
庄屋(しょうや)さんと村の人たちは大よろこびして、しっぺえ太郎(たろう)とお坊(ぼう)さんを村へつれかえりました。
そして、手あつく手あてをして、
「この村のおん人じゃ。どうぞ、いつまでもこの村へ、とどまってくだされ」
そうねがいでましたが、お坊(ぼう)さんもしっぺえ太郎(たろう)も、元気(げんき)をとりもどすと、丹波(たんば)の国(くに)のお寺(てら)へ、もどっていったのです。
おしまい
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