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8月11日の日本の昔話
  
  
  
  蔵王のチョウ 宮城県の民話 
 むかしむかし、ひとりの侍(さむらい)が旅をしていました。
   里をすぎて、蔵王(ざおう)のけわしい山道にさしかかったころには、もうだいぶ歩きつかれています。
  「どこかで、ひとやすみしたいものだが」
  と、あたりを見まわすと、林のおくに、一けんのあばら家が見えました。
   トントン
   戸をたたきましたが、返事がありません。
   トントントン!
   たたいても、たたいても、家の中からは、物音ひとつ聞こえてきません。
  「もしかしたら、人の住まぬ家かもしれぬ」
   侍は、しずかに中へ入っていきました。
  「おお、これはまた、なんとひどい荒れようじゃ」
   中はクモの巣だらけで、ずいぶんとながいあいだ、人の住んだようすがありません。
  「まあ、これでも外にねるよりは、ましというもの。夜露(よつゆ)にぬれることもなし」
   つぶやきながら、ふと見ると、広い土間(どま)のむこうの障子(しょうじ)が、かすかにあかるいではありませんか。
   侍は障子のそばへよって、破れた穴から、そうっと、中をのぞいて見ました。
   とたんに、ハッと、息をのみました。
  「チョウ?」
   うすよごれたへやの中に、たくさんのチョウが、はねを光らせて、とんでいるのです。
   紫のチョウ、赤いチョウ、黄いろいチョウ、まっ黒なチョウに、白いチョウ。
   なん百なん千というチョウが、まばゆくかさなりあって、ヒラヒラと舞いくるっているのです。
   それがあんまりきれいなので、侍はしばらくのあいだ、ボンヤリと見とれていました。
  (いったい、これは、どうしたことであろう)
   ふしぎに思った侍は、しずかに障子をあけました。
   すると、なんの羽音(はおと→はねの音)もなく、チョウたちはフンワリと、いっせい舞いあがって、まるで美しいにじが消えるように、あっというまにとびさってしまいました。
  と、そのとき、侍は思わず、
  「おおっ!」
  と、さけんで、あとずさりしました。
   とびたったチョウのあとに、白いガイコツが、よこたわっていたのです。
   そして、ガイコツのながい黒かみだけが、まるで生きているように、つやつやと光っていました。
   侍は旅の疲れもわすれて、いそいで道をひきかえしました。
   ふもとの家に宿(やど→詳細)をとると、いま見たばかりのできごとを、のこらず宿の主人に話しました。
   すると主人は、いつか、ながい黒かみの女が、はるばる都から、美しい蔵王のチョウをもとめて、この地をたずねてきたといいました。
  「おそらく、そのままもどりもせず、あの家で死んだのでござりましょう。チョウは、その女をしとうて、いまもはなれず舞うておるのでござりましょう」
   主人のその言葉に、旅の侍は手を合わせました。
おしまい