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8月17日の日本の昔話
  
  
  
  亡霊の果たしあい
 むかしむかし、根来仙三郎(ねごろせんざぶろう)という若い侍がおりました。
   秋のある日のこと。
   お城の中で仙三郎(せんざぶろう)は、ふとしたことがもとで、友だちの松山新五郎(まつやましんごろう)と口論(こうろん→言い合い)をはじめました。
  「おまえのほうがわるい」
  「いや、おまえのほうだ」
  と、いいはって、お互いにゆずりません。
   とうとう、果しあい(はたしあい→けっとう)ということになりました。
  「ではあす、辰の刻(たつのこく→朝の八時ごろ)。あかねが原で」
  「よしっ。キッパリとかたをつけよう」
   さて、その夜。
   いよいよあすは、長年の友であった新五郎(しんごろう)との果しあいです。
   仙三郎(せんざぶろう)は、机にむかって本をよんでいましたが、頭の中は、あしたの果しあいのことでいっぱいです。
   ふと、仙三郎は、庭に人のけはいをかんじました。
   月あかりに萩(はぎ→マメ科の植物)のしげみのほうを見ると、しげみのかげに、あやしい二つのかげがうごいています。
  「なに奴だっ」
   刀をとるよりはやく、縁側に立って、仙三郎はさけびました。
   二つのかげはこたえず、おたがいになにか、あらそっているようすです。
   ときどき、なにかがギラッギラッと光ります。
   月あかりをたよりに、ジッと目をこらしていた仙三郎は、ビックリしました。
   ふたりは、刀をぬいてたたかっている武士です。
   それも、よろいかぶとに身をかためた武士で、かぶとの下から見える顔は、死人のように青白いものでした。
   年はまだ若いようですが、からだはまるで、骨だけのようです。
   ふたりは、いくたびも刀をあわせます。
   力つきてか、よろめきながら、いっぽうがたおれました。
  と、見るまに、ふしぎな力でつきあげられるようにからだをおこして、また、あいてに切りつけます。
   あいての武士がたおれると、これまたふしぎな力でつきあげられるように、からだをおこして切りつけます。
   そんなことが、ふたりのあいだに、なんどもなんどもつづけられました。
   立ちあがっては切りむすび、切りむすんではたおれる。
   ひとりの武士がいいました。
  「ああ、おれはもうだめだ」
  「おれもだめだ。おまえを殺すくらいなら、おれひとり、おれひとりが死んだほうがましだ」
  「いや、おれが死のう。だが、この刀が、この刀が」
  「そうだ。どうしても、この刀が、刀が手から、はなれぬのだ」
  「なんのために、いったいなんのために、おれたちは、この刀の亡霊(ぼうれい→詳細)にとりつかれているのだろう」
  「刀の亡霊め。なぜ、刀がおれを苦しめる。いや、おれたちふたりを苦しめる」
  「おお、刀めっ」
  「にっくき刀めっ」
   ふたりの武士は、うめきながら、よろめきながら、なおもたおれては切りむすび、切りむすんではたおれる。
  「あんな口論など、しなければよかった」
  「そうだ。つまらぬことで、刀の亡霊のとりこになったのだ」
   ふたりはうめくようにいって、なおも、たたかいをつづけようとします。
   仙三郎(せんざぶろう)は、思わずさけびました。
  「やめろーっ!」
   自分の大きな声に、仙三郎(せんざぶろう)は、ハッと、われにかえりました。
   からだじゅうが、油汗でビッショリです。
   あくる朝。
   仙三郎(せんざぶろう)は、いそいで新五郎(しんごろう)の屋敷をたずねると、新五郎(しんごろう)の顔がまっ青でした。
  「おい、どうかしたのか? 新五郎!」
  「おお、仙三郎か。よくきてくれた。おれもいま、おまえの家へ行こうと思っていたところなんだ」
   新五郎も仙三郎とおなじように、刀の亡霊にとりつかれたふたりの武士のゆめを見たと語りました。
   ふたりは、自分たちのおろかさとそのゆくすえを、ゆめの中でまざまざと見せられたのでした。
  「わたしが、わるかった。あやまる」
  「いや、わしのほうこそ、わるかった」
   二人の若い侍は手をにぎりあって、仲直りしたそうです。
おしまい