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8月24日の日本の昔話
  
  
  
  大ムカデの妖怪
 むかしむかし、ある山の中に大ムカデの妖怪(ようかい)が住んでいました。
   どんな姿をしているのか、見た者はいませんでしたが、毎年、秋の名月(めいげつ)が近づくころになると、近くの村の娘のいる家の屋根に、白羽(しらは)の矢がうちこまれるのです。
   すると、その家では名月の夜に、娘を棺おけ(かんおけ)に入れて、山のふもとまで運んでいき、そこへおいてこなくてはなりません。
   もし娘をつれていかなかったら、村の田んぼや畑はメチャメチャにされてしまうのです。
   だから、村人たちは泣く泣く、この恐ろしいならわしにしたがっていました。
   ある年、石黒伝右衛門(いしぐろでんえもん)という武士の家の屋根に、白羽の矢がたちました。
   伝右衛門(でんえもん)には、十六歳になる美しい娘がいて、まるで宝物のようにかわいがっていました。
   その娘を大ムカデの人身御供(ひとみごくう→生きた人間を神さまへのそなえものにすること)に出せというのです。
  (どんなことがあっても、大切な娘を渡すものか)
   しかし、娘を出さなくては、村人たちがひどいめにあわされます。
   いかに武士といっても、村の習わしを破ることはできません。
  (よし、わしが妖怪を退治してやる)
   伝右衛門は覚悟をきめ、名月の夜を待ちました。
   さてその夜、伝右衛門は娘を家の蔵(くら)にかくし、みずからが娘に変装(へんそう)して、息のできるように穴のあけられた棺おけの中へもぐりこみました。
   なにも知らない村人たちは、
  「あんなかわいい娘さんが、大ムカデの人身御供になるなんて」
  と、いいながら、伝右衛門の入った棺おけをかついで、山のふもとまで運びました。
   ひとりになった伝右衛門は、しっかりと刀をにぎりしめ、棺おけの穴から外の様子をうかがっていました。
   月の光が明るく、草の葉がそよそよと風にゆれています。
   やがて夜もふけたころ、風がはげしくなり、草の葉が大きくうねりだしました。
  と、ふいに、青白い光が流れ、目をランランと光らせた大ムカデが現れました。
   何百本とある足が草をなぎたおし、棺おけの方へ近づいてきます。
   その恐ろしい姿は、いかに武士の伝右衛門でも、思わず息をのむほどです。
   大ムカデは長いからだで、棺おけをとりかこむと、頭で棺おけをひっくり返しました。
   伝右衛門はクルリと一回転して外へとびだすと、すばやく刀をぬきます。
   大ムカデの動きがいっしゅん止まりましたが、すぐに頭をふりあげると、伝右衛門にかみつこうとしました。
   女の着物を脱ぎすてた伝右衛門は、大ムカデの首をめがけて刀をつきさします。
   大ムカデは頭を大きくうしろへのけぞらせて、その刀をよけました。
   伝右衛門は、すばやく刀を横にはらって、大ムカデのキバを切り落とすと、おおいかぶさってくる大ムカデのからだを、切って切って切りまくりました。
   さすがの大ムカデも、これにはたまらず、ついにガクッと頭をおとし、それっきり動かなくなりました。
   伝右衛門は大ムカデの死を確かめると、おおいそぎで自分の家へもどって行きました。
   話を聞いておどろいた村人たちが、山のふもとへかけつけると、大ムカデの姿はなく、黒ぐろとした血のあとが山の方まで続いていました。
  「ほんとうに死んでしまったのだろうか。もし生きていたら、どんなことをされるかわかったものでない」
   村人たちはビクビクしながら、次の年の秋を待ちましたが、名月が近づいても、娘のいる家に白羽の矢はたたず、田んぼや畑も無事でした。
   村人たちは大いに喜び、伝右衛門の勇気をあらためてほめたたえたといいます。
おしまい