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        6年生の日本昔話 
          
          
         
切れない紙 
      
       むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 
         
 ある日、彦一と庄屋(しょうや)さんが、茶店の前にさしかかると、 
「ワハハハハッ。 
 ええか、よく聞けよ。 
 向こうは十五人で、こっちはわし一人。 
 向こうも強かったが、わしはもっと強かった。 
 右に左にバッタバッタときりすて、あっという間にみんなやっつけてしまったわ。 
 ワハハハハハハッ。 
 うん? 酒がねえな。 
 おい、ばばあ! 酒だ、酒持ってこい」 
と、ぶしょうひげを生やした身なりの悪い浪人(ろうにん)が、酒をあおりながら得意になってしゃべりまくっています。 
 すると、茶店にいた旅人が教えてくれました。 
「ああやって、みんなをおどかしてはただの酒を飲み歩いている、たちの悪い浪人ですぜ。強そうなので誰も知らん顔しているが、誰かとっちめてくれねえかね」 
 確かにみんな怖がって、浪人と目を合わそうともしません。 
「やい、ばばあ! 酒はどうした! 
 ・・・なにい、お金だと。 
 ぶ、ぶれい者め! このおれさまから、金をとろうとぬかすのか。 
 おもしれえ、とれるものならとってみろ!」 
 浪人は茶店のおばあさんをつきとばすと、勝手に店の酒を飲みはじめました。 
 たまりかねた庄屋さんが何か言おうとした時、それより早く彦一が浪人の前へ出ました。 
「もしもし、おさむらいさん」 
「なんじゃ、お前は。小僧のくせにひっこんでろ!」 
「あんたは、本当にさむらいですか?」 
「な、なに? ぶ、ぶ、ぶしにむかって! ぶ、ぶ、ぶ、ぶれいなやつ!」 
「そう、『ぶ、ぶ、』言わないでくださいよ。つばが飛んでくるじゃありませんか」 
「こ、こ、こやつ、ますますもって、ぶ、ぶ、ぶ、ぶれいな!」 
「ほら、また飛んできた。ところで本当に強いんですか? そんな自慢するほど」 
「なっ、つ、つ、強いに、決まっているだろう!」 
「そんなに強いなら、これが切れますか?」 
 彦一はそう言うと、ふところから一枚の紙を取り出して、浪人の目の前に広げました。 
 浪人は、ひたいに青すじを立てて怒ります。 
「ば、ば、ばかにするな! た、た、たかが紙きれ、一刀のもとだ。そうじゃ、ついでにお前も、まっぷたつにしてやるぞ。かくごはよいか!」 
 浪人は酒の入った茶わんを放り投げると、ギラリと刀を抜きました。 
「わあーっ、抜いたぞ!」 
 見ていた旅人たちが、さあっと、あとずさりしました。 
「彦一、ここはわしにまかせて、逃げた方がいいぞ」 
 庄屋さんが言いましたが、しかし彦一は落ち着いたものです。 
「では、こうしましょう。あなたがこの紙を切ったなら、あなたがここで飲み食いしたお金をわたしたちが払います。でももし切れなかったら、自分で払ってくださいよ」 
「おう、そりゃおもしれえ」 
「ちゃんと、約束してくれますか」 
「くどい! ぶしに二言はないわ!」 
 するとそこへ、ちょうど通りかかった立派な武士が二人に声をかけました。 
「せっしゃが、立合人になってしんぜる。もし約束をたがえたら、せっしゃが相手になってつかわそう。さあ、両人とも用意をいたせ」 
「さあ小僧! 紙をどこへでも置け!」 
 浪人はニタニタ笑いながら、刀を高くふり上げました。 
 すると彦一は、近くの大きな石の上に紙を広げて言いました。 
「さあ、まっぷたつに、どうぞ」 
「う、・・・」 
 浪人は刀をふり上げたまま、目を白黒させました。 
「さあさあ、早くじまんの腕前を見せてください」 
「ううむ・・・」 
 いくら剣術の名人でも、石の上に広げた紙を切るのは至難の業(しなんのわざ→とても難しいこと)です。 
「さあ、遠慮せずにどうぞ」 
「ううむ・・・」 
 動かない浪人に、立合人の侍が自分の刀に手をかけて言いました。 
「どうした、そこの浪人。約束通り、紙を切ってみよ。なにをグズグズしておるか」 
「む、むむむ」 
「切れぬか。しからば飲み食いした金を払い、ここを立ちされ。でないと、立会人のせっしゃが相手いたす。覚悟はよいか!」 
「お、お待ちくだされ。払う、払いますから、ですからどうぞ、ご、ごかんべんを」 
 さっきまでのからいばりはどこへやら、浪人は大あわてで金を払って逃げてしまいました。 
 侍は彦一の方に向き直ると、彦一に言いました。 
「お主、なかなか大した勇気の持ち主だな」 
「いえ、それほどでも」 
「だが、もしあの浪人が紙を切っていたらどうする?」 
「大丈夫です。いくらがんばっても、あの浪人の酒に酔った腕では紙は切れませんよ。もっともあなたなら酒に酔っていても、見事に紙をまっぷたつにするでしょうが」 
「なるほど、お主は勇気だけでなく、大した知恵と眼力を持っておる」 
 侍をはじめ大勢の見物人は、あらためて彦一に感心しました。 
      おしまい         
         
         
        
       
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