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        6年生の江戸小話(えどこばなし) 
        
      くさい商法 
      
        むかしむかし、上野の忍ばずの池の弁天(べんてん)さまが、久しぶりのお開帳(かいちょう→ふだんは見せない物を公開する事)という事になりました。 
 おかげで弁天さまのお堂がある小さな島は、朝早くから日暮れまで大変な賑わいです。 
 アメ屋に、だんご屋、おもちゃ屋などは当たり前で、子どもの名前を木札に彫り上げる、まい子の札売りから、四六のガマの油売りに、松井源水(まついげんすい→有名な、こま回し師)のこま回し。 
 少しはなれたところには、茶屋もずらりと並んでいます。 
 これだけ人がいれば、トイレに困るのは今もむかしも同じです。 
 ところがここは弁天さまの島なので、やたらに小便が出来ません。 
 これには特に、女の人が困ってしまいました。 
 
 さて、頭のいい男がこれを見て、茶店の裏を借りて『貸し便所』を開いたのです。 
 これが大当たりで、一回が五文(ごもん→百五十円ほど)の高い料金でも、お客がとぎれることがありません。 
 これを、お調子者の太郎作(たろうさく)が見て、 
「こいつは、うまい思いつきだ。よし。おれも便所を作って大もうけしよう」 
と、さっそく家に帰って女房に相談しました。 
「なあ、おれたちも貸し便所をやらねえか。一回十文でやれば、おおもうけだぞ」 
 すると女房は、あきれ顔で言いました。 
「すでに一軒あるんだよ。今さら二軒目を立てたって、はやりっこないよ。ましてや、倍の十文じゃあねえ」 
「なあに、商売はやりようさ。おれがやれば、五文を十文にしたって客が来るさ」 
 太郎作は女房を無理矢理さそって、今ある便所のすぐ隣に、新しい十文の貸し便所を始めました。 
 すると太郎作の便所は大繁盛で、お客がずらりと並んで順番待ちが絶えません。 
 それに比べて初めからある隣の便所は、太郎作の便所よりも料金が安いのに入る者がいません。 
 
 こうして夕方になると、太郎作夫婦は重たい銭箱(ぜにばこ)をかついで家に帰ったのです。 
「どうだい、女房。おれの言った通り、倍の十文でも大繁盛だったろう」 
 太郎作は、鼻高々です。 
 すると女房が、いかにも不思議そうに言いました。 
「それにしても、どうしてうちの方ばっかりに人が来たんでしょうね? あっちは半値の五文なのに」 
「だから言ったろう、商売はやりようだって。実はな、ちっとばかり頭を使ったんだ」 
「あれ、お前さんがかい? 一体、どんなやり方だい?」 
「商売をしている間、おれはいなかっただろう?」 
「ああ、忙しい時に、どこへ行っていたんだい?」 
「実は隣の便所に客が流れないよう、おれが隣の便所に一日中、入っていたんだ」 
      おしまい         
         
         
        
       
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