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2年生の江戸小話(えどこばなし)
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万(まん)の字
寺子屋(てらこや)へ、はじめてかよったむすこが、先生から「一、二、三」という字を教(おそ)わって帰(かえ)ってまいりました。
家(いえ)へ帰(かえ)ると、親父(おやじ)さんにいいました。
「お父(と)っつぁん、もう、先生はいらないよ」
「そいつはまた、どうしてだ?」
「それじゃあ、いうけど、まず、一という字は、こう一本ひく。二という字は、こう二本ひく。三という字は、こう三本ひく。何(なん)のことはない。かんたんなもんだ。習(なら)わなくても、あとは全部(ぜんぶ)わかったよ」
「そうかそうか、えらいもんだ」
親父(おやじ)は、たいへんよろこんで、次(つぎ)の朝(あさ)になると、用事(ようじ)をいいつけました。
「友(とも)だちの万八(まんはち)をよびたいから、ひとつ、手紙(てがみ)を書(か)いておくれ」
「はい」
むすこは、それから部屋(へや)に入ったきり、昼(ひる)になっても出てきません。
「どうしたのだろう?」
と、親父(おやじ)は、むすこの部屋(へや)をのぞいて、
「どうじゃ、もう手紙(てがみ)はできたか?」
と、きくと、むすこは、
「いいえ、まだまだです。ようやく、五百ばかりひきましたが、万(まん)ひくのには、明日(あした)まではかかります」
「・・・?」
親父(おやじ)がのぞいてみると、むすこは紙(かみ)の上に、一の字ばかり、いくつもいくつも、ひいておりました。
おしまい
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