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        5年生の日本民話 
          
          
         
ろくろっ首 
静岡県(しずおかけん)の民話 
      
       むかしむかし、旅から旅をつづける一人の男がいました。 
   ある日の事、日がくれてきたので、男は浜松(はままつ→静岡県南西部(しずおかけんなんせいぶ))の近くにある村の宿屋にとまることにしました。 
   その夜はあいにく、とまり客がたくさんいました。  
   そこで男は美しい女の旅人と一緒(いっしょ)に、一つの部屋のまん中にびょうぶをたてて、一夜をすごすことになりました。 
   夏の夜だったので、いつまでたってもむしあつく、ねむたくてもなかなかねむれません。  
   男は夜ふけになって、やっと、うとうとしはじめました。  
   びょうぶの向こうでねている女の人も、やはりねむれないのでしょうか。  
   いつまでもモゾモゾしていましたが、そのうちにきゅうにおきあがる気配がしました。  
  (はて。便所にでもいくのかな?) 
   男はそう思いましたが、けれども、となりはすぐに静かになりました。  
   ところがしばらくすると、びょうぶの向こう側から、生あたたかい風がふいてきました。  
   そして女の人の白い顔がびょうぶの上にのびあがって、フワフワと部屋の中を動き始めたのです。  
   男はビックリして、ゴクリと息をのみこみました。  
  (さては、となりの女はろくろっ首だな) 
   男はねたふりをしながら、くらい部屋の中を動きまわる女の白い首を見ていました。  
   女の首は男の足もとの方へいったかとおもうと、びょうぶの上をつたわって、天井(てんじょう)の方へものぼっていきます。 
   細くなった白い首が、クネクネとのびていきます。  
   男はろくろっ首が少しでも悪さをしたら、飛びかかっていって長い首をひきちぎってやろうと思いましたが、けれどもろくろっ首は、何も悪さをしません。  
   ただフワフワと、楽しそうに部屋の中を動きまわっているだけでした。  
   だけどそのうちに、女の白い首は半分開いた雨戸(あまど)のあいだから、するりと外へぬけだしていきました。  
  (はて。どこへいくのだろう?) 
   どうせねむれないので、男は頭をあげると、ろくろっ首がのびていくあとを追って、雨戸のあいだから外へ出て行きました。  
   美しいろくろっ首は、宿屋の前のとおりをよこぎって、お地蔵(じぞう)さんのたっている林の中へ入っていきました。 
   そして林のおくにある池のほとりまでフワフワのびていくと、ヘビのように長いしたを出して、池の水をペロペロとなめはじめたのです。  
  (なんだ、水をさがしていたのか。のどがかわいていたので、こんなところへ水をのみにきたのだな。そういえば、おれものどがかわいたな) 
   そっとあとをつけてきた男は、木のかげにかくれてゴクリとのどをならしました。  
   そのとき、水をのんでいたろくろっ首が男の方を向いて、ニヤリとわらったのです。  
  (しまった。見つかったかもしれん) 
   男はいそいで宿屋へもどり、また雨戸のあいだから部屋の中に入ると、なにくわぬ顔をしてねむってしまいました。  
   さて、次の日の朝の事です。  
   男より早く目をさました女が、びょうぶのかげから男に声をかけてきました。  
  「きのうの晩(ばん)は、ずいぶんむしあつかったですねえ。よくねむれましたか?」 
  「まったく。本当に、むしあつかったですなあ」 
   男はそう答えながら、ふとんをかたづけて、びょうぶをとりのぞきました。  
   女の人はカガミに向かって、髪の毛(かみのけ)をととのえていました。 
  「あつかったけれど、きのうはつかれたのか、わたしはぐっすりとねむって、夢(ゆめ)一つ見ませんでしたな」 
   男はわざと、とぼけた事をいいました。  
  「あら、そうでしょうか? あなたさまは不思議な事をなさいましたが」 
   女の人は口もとに手をあてて、笑いをおさえながらいいました。  
  「はて。わたしが不思議な事を? それは、どういうことですか? 不思議な事をしたのは、むしろあなたではないですか」 
   男が、少し怖(こわ)い顔で言い返すと。 
  「あら、わたしが不思議な事? わたしがいったい、何をしましたか?」 
  と、いうのです。 
  「それなら、いってやりましょう。あなたは美しい顔をしているが、じつはろくろっ首で、この部屋の雨戸からぬけ出して、むかいの林のなかにある池へ水を飲みにいったではないですか!」 
   すると女の人が、ケラケラと笑いながらいいました。  
  「あなたさまは、ご自分の事に気づいてないのですか?」 
  「なにをです!」 
  「この部屋は、二階ですよ」 
  「・・・あっ!」 
  「ようやく気がついたのですね。あなたさまが首をどんどんと長くのばして、ずっとわたしのあとをつけてきたことを。夜なかにこっそり女のあとをつけるなんて、あまりいいご趣味(しゅみ)とはいえませんね」 
  「・・・・・・」 
   男はこの時はじめて、自分もろくろっ首であることに気づきました。  
   女のろくろっ首はニコニコ笑いながら、男のろくろっ首にいいました。  
  「ここでこうして出会ったのも何かの縁(えん)。どうです。似(に)たもの同士、これから旅を続けませんか?」 
  「・・・いえ、せっかくの申し出ですが」 
   男は急いで旅のしたくをすると、どこへともなくさっていったという事です。  
      おしまい         
         
        
       
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