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幽霊の足跡
幽霊の足跡
百物語
オリジナル版
むかしむかし、ある大きなお寺に、徳(とく)の高いお坊さんがいました。
お坊さんがいつもの様に夕方のおつとめをしていると、一人の女の人が本堂(ほんどう)に現れて、お経(きょう)が終わるのを待ってから足音を忍ばせてお坊さんに近づくと、
「和尚さま。どうかわたしに、お経をあげてほしいのです」
と、言いました。
「あなたに?」
「はい。
わたしは江戸の町に住む大工の妻で、名をお石(いし)と申します。
実は、わたしは死んでいます。
死んでから、まだこの世をさまよっているのです」
「何と、江戸の」
お坊さんは江戸の女と聞いて、お石の事を思い出しました。
実は一年ほど前に、お寺のご本尊を江戸へ運んで江戸の信者(しんじゃ)たちにお参りさせた事があります。
このお石はその時、お経を読んだお坊さんの姿に深く感動していました。
「お石さん。よければ、詳しい話を聞かせてもらえないかね」
「はい」
お石は、和尚さんに話し始めました。
「前に和尚さまにお会いしてからしばらくすると、わたしは病気になって、ずっとふせっていました。
お金などありませんから、お医者にかかる事も出来ません。
夫は家をあけたまま、どこで遊んでいるのかいっこうに帰って来ません。
そのうちに病気は重くなり、わたしは誰にもみとられる事なく死んだのです。
ですからわたしは、いまだに成仏が出来ません。
そこで和尚さまにお経を読んでいただこうと、箱根山(はこねやま)を越え、やっとの思いでここまでやって来たのです」
お石の話しに、お坊さんは胸を打たれました。
「そうでしたか。それではあなたが成仏出来る様に、お経をあげましょう」
お坊さんは本尊(ほんぞん)にむかうと、お石の為に一心に祈りました。
お石の幽霊(ゆうれい)は目に涙を浮かべながら、お坊さんの後ろで静かに座っていました。
やがて供養(くよう)が終わると、お石は無事に成仏したのか、その姿が消えていました。
そして近くのざぶとんには、お石が立った時についたのか、土によごれた女の人の裸足の足跡がはっきりと残っていました。
「お石さん。あの世でやすらかに、過ごされるといい」
お坊さんは足跡のついたざぶとんに、手を合わせました。
お石の足跡はいまも額におさめられて、そのお寺に伝えられているという事です。
おしまい
この作品は、読者からの投稿作品です。
作者 :つれづれ居士
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