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ものを言う布団
ものを言う布団
百物語
オリジナル版
むかしむかし、因幡の国(いなばのくに→鳥取県)の町に、小さな宿屋がありました。
ある冬の晩の事。
この宿屋に泊まった男が、真夜中に人の声がしたので目を覚ましました。
「兄さん、寒かろ」
「お前、寒かろ」
それは、ささやく様な子どもの声です。
「はて、どこの子どもだろう? この部屋には、誰もいないはずだが」
男は布団を抜け出して、隣の部屋の様子をうかがってみました。
「・・・・・・」
しかし、物音一つ聞こえてきません。
「おかしいな? 確かに聞こえたはずだが」
男がもう一度布団にもぐってねむろうとすると、今度は耳元ではっきりとささやいたのです。
「兄さん、寒かろ」
「お前、寒かろ」
男はびっくりして飛び起きると、急いで行灯(あんどん)の灯をつけましたが、部屋には誰もいません。
聞こえて来るのは、自分の心臓の音だけです。
男は行灯をつけたまま、横になりました。
するとまたしても、悲しい、ささやくような声がするのです。
「兄さん、寒かろ」
「お前、寒かろ」
何とその声は、かけ布団の中から聞こえて来るではありませんか。
男は布団を払いのけると、転がる様に部屋を飛び出して、宿屋の主人のところへ駆けつけました。
「た、大変だ! 布団がものを言い出した!」
「はあ? そんな馬鹿な。お客さんは、夢でも見ていたんでしょう」
「夢ではない! 本当に、布団がものを言ったんだ!」
「はいはい。夢とは、そういうものですよ」
「だから、夢ではない!」
男がいくら説明しても、宿屋の主人はとりあってくれません。
それどころか、しまいには腹を立てて、
「縁起でもない! 悪いが、出て行ってもらいましょう!」
と、男を宿屋から追い出してしまったのです。
ところが次の晩、同じ部屋に泊まった客が真夜中に逃げ出して来て、やっぱり同じ事を言うのです。
「おかしな客が、二度も続くとは。・・・まさか、本当に幽霊がいるはずは」
気になった主人はその部屋に行き、しばらく布団のそばに座ってみました。
すると、かけ布団から、ささやくような声が聞こえて来たのです。
「兄さん、寒かろ」
「お前、寒かろ」
びっくりした主人は、青くなって部屋から飛び出しました。
「や、やっ、やっぱり。ほっ、本当だったのか。それにしても、こんな布団を売るなんて、とんでもない店だ!」
次の日、主人はさっそく布団を買った古着屋へ、文句を言いに出かけました。
そこで主人は、この布団にまつわる、とても悲しい話を聞かされたのです。
何でもこの町のはずれに、貧しい四人の親子が住んでいたのですが、何日か前に病気で寝込んでいた父親が亡くなり、続いて母親までも亡くなったのです。
あとには、六歳と四歳の兄弟だけが残されました。
身寄りのない兄弟は、その日その日の食べる物もなく、たった一枚残された布団にもぐって、じっと寒さとひもじさに震えていました。
「兄さん、寒かろ」
やさしい弟が、布団を兄にかけてやろうとすると、
「お前、寒かろ」
と、兄がその布団を、弟の方にかけてやります。
けれども強欲な家主がやって来て、家賃の代わりに、たった一枚の布団まで取りあげた上、二人を家から追い出してしまったのです。
何日も食事をしていない二人には、もう歩く力もありません。
そして雪の降る夜、近くの家の軒下で抱き合いながら死んでいったのです。
この事を知った町の人たちは、かわいそうな兄弟を近くの観音さまにほうむってやったのです。
「そうだったのか。・・・かわいそうになあ」
宿屋の主人は観音さまにお参りをして、かわいそうな兄弟の為に、お坊さんに来てもらってあらためてお経をあげてやる事にしました。
それからというもの、この布団は何も言わなくなったそうです。
おしまい
この作品は、読者からの投稿作品です。
作者 :つれづれ居士
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