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日本の悲しい話 第5話
牛池
むかしむかし、とある山の中に、美しい水をたたえた、深い池がありました。
その池から、さほど遠くないところに、小さな山里がありました。
その山里のある家に、よくの深いおばあさんと、気立てのやさしい娘とが住んでおりました。
その家のまどから娘が顔をのぞかせると、外はふりつづく白い雪です。
「烏やウシに生まれたほうが、どれほどよかったかしれねえな・・・」
娘は、まどの外をながめながら、そう思うのでした。
「こらっ、また機(はた)をはなれとるな。このなまけもんが!」
おばあさんがおそろしい声をはり上げます。
娘は、くる日もくる日も、機をおらされているのでした。
娘のおる反物(たんもの)は、たいそう高く売れました。
ですから、よくの深いおばあさんは、娘を一日として休ませなかったのです。
「よその娘は、一冬に四反もおりあげるちゅうのに、このグズ娘がっ!」
おばあさんが部屋を出ていくと、娘はそっと、なみだを流しました。
「おらに、四反もおれるわけねえ。でも、少しでもおらないと、おまんまがたべられねえ」
娘はさむさにふるえながら、機おりをはじめました。
♪おら機おる だれが着る
♪べべ着て おしろいぬって
♪うれしかろ うれしかろ
♪どこのだれやら 顔見てえな
悲しく歌いながら機をおる娘のとなりの部屋では、おばあさんが、反物を売って何を買おうかと考えていました。
♪一度 機屋たずねてこ たずねてこ
♪ひやめし食わしょ たこ食わしょ
♪手のたこ食わしょ みそつけて
こうしているうちにも、春がきました。
家から出してもらえない娘も、春はやはりうれしいものです。
ある日のこと。
まどべに一わの白い小鳥がまいこんできました。
まどにとまる小烏に、娘は思わず見とれて、機をおる手足の調子をみだし、機のたて糸をバッサリ切ってしまいました。
切れた糸を見たおばあさんは、くるったようにさけびました。
「なおせ! なおせ! なおらんうちは、めしを食わさんからな!」
おばあさんがねてしまった夜中、娘はフラフラと外へさまよい出ました。
なにもかもねしずまって、物音ひとつしない春の夜。
「こんなに、こんなに、外はきれいなのに。おらは、いつも家の中。・・・どこかへ行きたい」
娘はせつなくなって、そのままなきくずれてしまいました。
ふと、なにかがそばにきた気配に、娘が顔をあげると、目の前にウシがいます。
おばあさんのかっているウシが、娘のなみだにぬれた目をジッとみつめました。
ウシは、娘をせなかにのせ、月の光の中を、ゆっくりゆっくりと歩きだし、そのままどこかへ行ってしまいました。
それから、長い長い年月がながれ、いつのまにか、山の池には牛池という名がついていました。
そしてふしぎなことに、月の明るいばんには、牛池のあたりから、トンカラリ、トンカラリと、機をおる音が聞こえてくるということです。
おしまい
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