心があたたまる 日本の恩返し話 ☆福娘童話集☆ 童話・昔話・おとぎ話の福娘童話集
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日本の恩返し話 第7話

ネコの大芝居

ネコの大芝居

 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
 若い時から、二人でいっしょうけんめいはたらいてきましたが、ちっともくらしが楽になりません。
 それでもこうして、たっしゃでくらせるのは、神さまのおかげと、不平も言わずに生きてきました。
 ある日、おじいさんが言いました。
「わしらにも、子どもがあるとよかったのに」
「ほんにのう。せめてネコの子でもいてくれたら、うんとかわいがってやるのに」
 するとその日の夕方、どこからともなく一匹のぶちネコが、まよいこんできたのです。
「こりゃあ、きっと神さまがさずけてくださったにちがいない」
「今日からわしらの子どもにしましょう」
 おじいさんもおばあさんもよろこんで、このネコにぶちという名前をつけ、それはそれは大事に育てました。
 ぶちもすっかり二人になついて、どこへでもついてきて、ニャアニャアとあまえます。
 二人はぶちがかわいくて、かわいくて、おいしいものがあると、自分たちが食べないでも、ぶちに食べさせます。
 こうして十三年もたつうちに、かわいかったぶちは、まるでイヌほども大きくなりました。
 自分でしょうじの開け閉めもできれば、るすばんだってできますが、なんとなく動きがにぶくて、庭に飛んでくる小鳥にまで、からかわれるしまつです。
 ところがぶちよりも、おじいさんとおばあさんのほうが、もっとからだが弱ってきて、畑仕事や川へ洗たくに行くのもしんどくなってきました。 
 ある晩、おばあさんが言いました。
「おじいさん、わしらもずいぶん年をとったけど、ぶちも人間ならわしら以上の年よりになった。これじゃ、わしらが先に死ぬか、ぶちが先に死ぬかわからん。うまいぐあいに、ぶちが先に死んでくれたらいいが、わしらが先に死んだら、だれもめんどうを見るものがない」
「そうよのう。できることなら、みんないっしょにあの世へ行けたらうれしいのに」
 ぶちは、いろりのふちでいねむりをしながら、二人の話を聞くともなしに聞いていましたが、とつぜんからだを起こすと、二人の間にすわり、前足をきちんとそろえて言いました。
「おら、長い間二人にかわいがってもらいましたが、そろそろおひまをいただきたい」
 ネコがいきなり口をきいたので、おじいさんもおばあさんもビックリして顔を見あわせます。
 それでも、おばあさんがあわてて言いました。
「まさか、おまえに人間のことばがわかるとは思わなかったので、とんだ話を聞かせてしまった。なあに、わたしらはまだまだ元気だ。安心してここにいてくれ」
 おじいさんも、ぶちの背中をなでながら、
「かわいいおまえを残して、だれが死ぬもんか。死ぬ時はおばあさんもおまえもいっしょじゃ」
と、言いました。
 すると、ネコが、
「二人の気持ちは、おら、涙が出るほどうれしいです。でも、やっぱりこれ以上、心配をかけるわけにはいきません。ところで、二人とも芝居(しばい)が大好きでしたね。かわいがってもらったお礼に、芝居を見せたいと思いますが、どんな芝居がいいですか?」
「芝居なんかいいから、ぜひ、このままいっしょにいてくれ」
「いいえ、おらも、そろそろなかまのところへもどりますから」
 そう言われ、おじいさんもおばあさんも、ひきとめることはできませんでした。
「さあ、どんな芝居を見たいか、早く言ってください」
「そうさな・・・」
 なにしろ芝居を見たのは、うんと若い時で、それも忠臣蔵(ちゅうしんぐら)という芝居を一回きりです。
「そうだ、忠臣蔵が見たい」
 二人が同時に言いました。
「よろしい。そんなら忠臣蔵をはじめから終わりまで、たっぷり見せてあげましょう」
 ぶちが、ピンとひげをのばし、
「では、ほんとうに長い間お世話なりました。来月三日のお昼、どうか、うら山のあき地へ来てください」
 そう言うと、おばあさんにつけてもらった首の鈴(すず)を鳴らしながら、家を出ていきました。
「ああ、あんなことを言わなければよかった」
 二人は、ガッカリして頭をかかえます。
 次の日からは、ぶちのいないさみしい暮らしです。
「ああ、ぶちに会いたい」
「早く三日が来ないかな」
 おじいさんもおばあさんも、三日の日が来るのをゆびおり数え、やがて、三日がやってきました。
 おじいさんとおばあさんは、お昼になるのを待ちかねて、うら山へのぼって行きます。
 でも、あき地には大きな石がころがっているだけで、だれもいません。
「ネコは年をとると化けるというが、こりゃ、ぶちのやつにだまされたのかな?」
「いいえ、うちのぶちは、そんなネコじゃありません。きっとやってきます」
 二人で話しあっていると、近くの草むらで、チリリンと鈴の音がしました。
「それ来た。あの鈴の音はぶちの首のものにちがいない」
 そう言って、おばあさんが立ちあがると、草の中からヒョイとぶちが現れ、
「おじいさん、おばあさん、よく来てくれました。さ、そこの石にすわって、ゆっくり見物していってください」
 ていねいに頭をさげると、草の中に姿を消しました。
 そのとたん、チョンという拍子木(ひょうしぎ)の音がひびいて、草原の中にりっぱな舞台(ぶたい)が現れました。
 後ろには、白いまくもはってあります。
「こりゃ、ほんものの舞台だ!」
 二人が、ビックリしていたら、さっと幕(まく)が開いて、役者が次つぎと舞台へ出てきました。
 どの役者もきれいな衣装(いしょう)をつけていて、後ろには、三味線(しゃみせん→詳細)をひく人や歌をうたう人がずらりと並んでいます。
 やがて芝居(しばい)が始まりました。
 どの役者も、じつに芝居がじょうずで、二人はただもう、むちゅうで舞台をながめました。
「いいなあ、うまいなあ」
「なんてきれいだ」
 出てくるのは、かんどうのため息ばかりで、いつまで見ていても、あきることがありません。
 幕が開いては閉まり、閉まっては開き、忠臣蔵(ちゅうしんぐら)の長い芝居が終わった時には、まるで夢の中にいる気分です。
「よかったね。おじいさん」
「ああ、こんなりっぱな芝居を見るのは、生まれてはじめてじゃ」
 二人がホッとして、もう一度前を見たら、舞台はあとかたもなく消えていて、もとの草原に変わっています。
「ニャア」
 その時、どこかでネコの鳴く声がしました。
 でもぶちは、それっきり、二度と姿を見せなかったそうです。

おしまい

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