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日本の悲しい話 第7話
舞扇
むかしむかし、京の都に、名の高いおどりの師匠(ししょう→せんせい)がおりました。
そのおおぜいの弟子(でし)のなかに、雪江(ゆきえ)という、けいこねっしんな娘がいって、一本の舞扇(まいおうぎ→日本舞踊に使う扇で。普通の扇より大きく、流儀の紋などをえがいたもの)を、たいそうたいせつにしていたのです。
なんでも、雪江が父にせがんで、名高い絵師(えし→絵描き)にかいてもらったとかで、いまをさかりと咲いている桜の花をえがいた、それはまことにみごとな扇でした。
ある日のこと。
どうしたことか、雪江はこの扇をけいこ場にわすれてかえったのです。
師匠は、あしたきたらわたしてやろうと、自分の机の上におきました。
ところがつぎの日、めずらしく雪江はけいこにきませんでした。
そしてつぎの日も、またつぎの日も。
師匠は、なにやら心にかかって、ふと机の上の扇をひろげてみました。
そこには、扇面(せんめん→扇を開いた面)いっぱいに、あかるく花が咲いています。
そこへちょうど、友だちの占師(うらないし)がたずねてきました。
「ごらんなされ。優雅(ゆうが)なものじゃ」
師匠が、ひろげたままの扇をわたすと、
「ほほう、これは美しい。・・・?」
友だちの占師は、しげしげとながめていましたが、しばらくして、
「お気の毒ですが、この花は、今日中に散りますな」
友だちがかえったあとも、師匠はその扇を、ジッとながめていました。
(今日中に散るとは、いったい?)
占師のことばが気になって、夕やみのせまったへやに、いつまでもすわっていました。
「お食事でございます」
妻の声にハッとして、師匠はひらいた扇を持ったまま立ちあがりました。
すると、ハラハラと、白い花びらが散りました。
花びらは、あとからあとから散って、風もないのに、チョウが舞うように、空へ舞いあがっていきます。
「おお、これは!」
おどろいて夕ぐれの光にかざして見ると、扇のおもてには、もう、花のすがたはひとひらものこっていませんでした。
そこにあるのは、ただの白い舞扇。
師匠は、雪江の家にカゴ(→詳細)をいそがせました。
カゴが玄関につくと、母親があらわれて、
「娘は、ほんのさきほど、息をひきとったところでございます。どうぞこちらへ」
案内された奥の間には、雪江がしずかにねむっていました。
そしてそのへやは、あの桜の花びらでいっぱいでした。
おしまい
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