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日本のわらい話 第32話

人食いザメとお坊さん医者

人食いザメとお坊さん医者
岩手県の民話

 むかしむかし、あるところに、お坊さんがいました。
 このお坊さんは、もともとはお医者さんだったので、みんなからお坊さん医者とよばれています。
 ある日の事、お坊さん医者が、わたし船に乗りました。
 ところが船が海のなかほどまできた時、きゅうに動かなくなりました。
「おい、船頭(せんどう→船長)どうした? こんなところでとめられちゃ、どうにもならんではないか」
 お客さんがさわぎはじめると、船頭さんはこまった顔で言いました。
「実は、このあたりにはおそろしい人食いザメがいて、気に入った人を見つけるとこうして船を止めるのじゃ。きっとお客さんたちのなかに、気に入った人がいるのじゃろう」
 それを聞いて、お客さんたちは青くなりました。
「すまんが、お客さんたちの持っている手ぬぐいを海へ投げてくれ。サメは気に入った人の手ぬぐいだけをしずめるから」
 お客さんたちはしかたなく、手ぬぐいを海に投げました。
 すると、お坊さん医者の手ぬぐいだけが、しずんでしまいました。
 それを見て、お坊さん医者が、
「みなさん安心してください。わたしは僧で医者、どちらも人をたすけるのが仕事です。ここは喜んでみなさんをお助けしましょう」
と、言うなり、海へ飛込んだのです。
 人食いザメは待ってましたとばかりに、持っていた薬箱ごと、お坊さん医者を飲み込みました。
 さて、人食いザメに飲み込まれたお坊さん医者は、人食いザメのおなかの中でジッとすわったまま考えました。
(ここから出るのはかんたんじゃが、この人食いザメをこらしめなければ、いつまた人を食べたいと言いだすかわからない)
 そこでお坊さん医者は薬箱を開けて、とびきりにがい薬をあたりかまわずぬりつけました。
 おどろいたのは、人食いザメです。
 おいしそうな人間を飲み込んだと喜んでいたのに、そのにがいこと。
 とうとうがまんできずに、お坊さん医者をはき出してしまいました。
 それを見た船頭さんはあわてて船をこぎよせ、みんなでお坊さん医者を船に引きあげました。
「よかった。よかった」
「それにしてもサメのやつ、よくはきだしたものだ」
 そこでお坊さん医者は、人食いザメのおなかににがい薬をぬりつけたことをくわしく話してやりました。
「なるほど、これでもう二度と人を飲もうなんて思わんだろう」
「よし、お祝いだ」
 浜辺にもどった船頭さんが、さっそく酒もりの用意をしました。
 みんなはお坊さん医者をまん中にして、おどりながらうたいました。
♪くやしかったら、のんでみろ
♪サメもかなわぬ、お坊さん医者
♪ああ、こりゃこりゃ
 すると、海の中からさっきの人食いザメが顔を出して、
♪お前みたいな、にがいやつ
♪二度とはのむまい
♪ああ、こりゃこりゃ
と、うたったという事です。

おしまい

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