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百物語 第六十七話
あの世でことづけられた話
奈良県の民話
むかしむかし、ある山奥のお寺で、一人の若いお坊さんが修行(しゅぎょう)をしていました。
お坊さんは何日も食事をせずに、だまって心の中でお経をとなえつづけていました。
そんなある日の事、お坊さんの体がとつぜん動かなくなって、息が止まってしまいました。
お坊さんのたましいは体からはなれて、フワフワと空中にただよいはじめたのです。
ひろいお寺の境内(けいだい)をただよって、木の枝で休んだり、風にふかれて林の中に入ったりしていると、むこうから年をとったお坊さんのたましいがやってきました。
年をとったお坊さんのたましいは、ニコニコした顔で、
「どうじゃ。わしについてこぬか。あの世を案内してやるぞ」
と、いって、若いお坊さんのたましいを、あの世見物につれていってくれたのです。
あの世の広場を見ていると、重い石を運ばされたり、ウシにされたり、オニに追いかけられてムチでたたかれている人たちがたくさんいました。
そこへ、こわそうな身なりをした人や、白い衣を着たやさしい顔の人など、いろいろな姿の人たちが通りかかりました。
「おっほほ。めずらしいものに出会ったな。あの一行はな、こっちの世へきて、新しく神さまになった人たちじゃ。いくさの神もおるし。学問の神もおる。うらみの神、たたりの神、しあわせの神、病の神、いろいろな神がおる」
年をとったお坊さんのたましいが、ていねいに教えてくれました。
しばらくすると、おじいさんたちの一行が通りかかりました。
すると、その人たちが近よってきて、
「わしは谷川村(たにかわむら)の善兵衛(ぜんべえ)です。元気でいるから心配するなと、ぜひ、つたえてくだされ」
「わしは大沼村(おおぬまむら)の平助(へいすけ)です。秋になったら大好物のカキをそなえてくれと、つたえてくだされ。たのみますよ」
などと、たくさんのことづけをたのまれました。
若いお坊さんのたましいは、それをきいてうなずいていました。
「ずいぶんとたのまれたな。このまま連れて行こうかと思ったが、たのまれた以上、ちゃんとつたえてやらなければならんな」
年をとったお坊さんのたましいは、不思議な事をいいました。
そして、
「わしは用事があるから、先に帰りなさい。そこが近道じゃ。どこまでもどこまでも、まっすぐいけばよい」
と、帰りの道を教えてくれました。
まっ暗な岩穴の中を、たましいがフワフワ飛んでいくと、いつのまにか若いお坊さんのからだにすいこまれていました。
若いお坊さんは息をふきかえして、ふたたびこの世に生きかえったのです。
息が止まってから、なんと十三日がたっていました。
息をふきかえした若いお坊さんは、それからしばらくすると、あの世でたのまれたことづけをつたえるために、あちこちの村々をたずね歩いたという事です。
おしまい