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百物語 第五話
牡丹灯籠(ぼたんどうろう)
京都府の民話 → 京都府情報
むかしむかし、京の都の五条京極(ごじょうきょうごく)に、荻原新之丞(おぎわらしんのじょう)という男がすんでいました。
まだ若い奥さんに死なれたため、毎日がさびしくてたまらず、お経をよんだり歌をつくったりして、外へも出ないで暮らしていました。
七月の十五夜の日の事、夜もふけて道ゆく人もいなくなったころ、二十才くらいの美しい女の人が、十才あまりの娘をつれて通りかかりました。
その娘には、ぼたんの花の灯籠(とうろう→あかりをともす器具)を持たせています。
新之丞(しんのじょう)は、美しい女の人に心をひかれて、
(ああ、天の乙女(おとめ)が、地におりてきたのだろうか)
と、つい家を飛び出しました。
新之丞が声をかけると、女はいいました。
「たとえ月夜でも、かえる道はおそろしくてなりません。どうかわたくしを、送ってくださいますか?」
「ええ。でも、よろしければ、わが家へきて、ひと晩おとまりなさい。遠慮はいりませぬ。さあ、どうぞ」
そういって新之丞は女の手をとり、家へつれてもどりました。
新之丞が歌をよむと、女もすぐにみごとな歌でかえすので、新之丞はうれしくてたまりません。
(美しいだけでなく、教養もあるとは。実に素晴らしい)
すっかりしたしくなって、時がたつのもわすれるうちに、東の空が明るくなりかけました。
「人目もありますので、今日はこれで」
女はいそいそとかえっていきましたが、それからというもの、女は日がくれると必ずたずねてきました。
ぼたんの花の灯籠を、いつも娘に持たせて。
新之丞は、毎日、女が来るのが楽しみでなりません。
そして、二十日あまりが過ぎました。
たまたま家のとなりに、物知りなおじいさんが住んでいました。
「はて、新之丞のところは一人きりのはずだが、毎晩若い女の声がしておる。うむ、・・・どうもあやしい」
おじいさんはその夜、かべのすきまから新之丞の家の中をのぞきました。
すると新之丞があかりのそばで、頭から足の先までそろった白いガイコツと、さしむかいで座っているのです。
新之丞が何かしゃべると、ガイコツがうなずきます。
手やうでの骨も、ちゃんと動かします。
そのうえガイコツは口のあたりから声を出して、しきりに話をしているのでした。
あくる朝、おじいさんは新之丞の所へ行き、たずねました。
「そなたのところへ、夜ごとに女の客があるらしいが、いったい何者じゃ?」
「そっ、それは・・・・・・」
新之丞は、答えません。
それでおじいさんは、昨夜見たとおりのことを話したうえで、
「近いうち、そなたの身にきっとわざわいがおこりますぞ。死んで幽霊となりまよい歩いているものと、あのようにつきおうておったら、精(せい)をすいつくされて、悪い病気にむしばまれる」
これには新之丞もおどろいて、今までの事をありのままにうちあけたのでした。
「さようであったか。その女が万寿寺(まんじゅじ)のそばに住んでおるというたのなら、行って探してみなされ」
「はい、わかりました」
新之丞はさっそく五条(ごじょう)から西へ、万里小路(までのこうじ)まで行って探しました。
しかし一人として、それらしい女を知る人がありません。
日がしずむころ、万寿寺(まんじゅじ)の境内(けいだい)へ入って休み、北の方へ足をむけると、死者のなきがらをおさめた、たまや(→たましいをまつるお堂)が一つ、目にとまりました。
古びたたまやで、よく見たところ、棺のふたにだれそれの息女(そくじょ→みぶんのある娘をさす言葉)なになにと、戒名(かいみょう→死者につける名前)が書きつけてありました。
棺のわきに、おとぎぼうこ(→頭身を白い絹で小児の形に作り、黒い糸を髪として、左右に分け前方に垂らした人形)、とよばれる子どもの人形が一つ、また棺の前には、ぼたんの花の灯籠がかかっていました。
「おお、まちがいなくこれじゃ。このおとぎぼうこが娘に化けていたのだな」
新之丞はこわくなって、走って逃げ帰りました。
家へ戻ったものの、夜にまた来るかと思うと、おそろしくてたまりませんので、となりのおじいさんの家にとめてもらいました。
それからおじいさんに教わって東寺(とうじ)へいき、そこの修験者(しゅげんじゃ→山で修行する人)にわけをうちあけて、
「わたくしは、どうしたらよいのですか?」
と、たずねました。
すると、
「まちがいなく、新之丞殿は化け物に精をすいとられておられますな。あと十日も、今まで通りにしておったら、命もなくなりましょう」
修験者はそういって、まじないのお札を書いてくれました。
そのお札を家の門にはりつけたところ、美しい女も、灯籠を持った娘も、二度と姿を見せなくなったのです。
それから、五十日ほどが過ぎました。
新之丞は東寺へでかけて、今日までぶじに過ごせたお礼をしました。
その日の夜、お供の男を一人つれていたので、東寺を出てお酒を飲みましたが、お酒を飲むと、むしょうに女に会いたくなって、お供の男が止めるのも聞かず、万寿寺(まんじゅじ)へ出かけていったのです。
万寿寺に着くと、あの女が現れ、
「毎晩、お会いしましょうと、あれほどかたくお約束をしましたのに、あなたさまのお気持ちがかわってしまい、それに、東寺の修験者にも邪魔をされて、本当にさみしゅうございました。・・・でも、あなたさまは来てくだされました。お目にかかれて、本当にうれしゅうございます。さあ、どうぞこちらへ」
「うむ、そなたにつらい思いをさせるとは、まことにすまん事をした。そなたが何者でも構わぬ。これからは、二度と離れぬ」
「・・・うれしい」
新之丞は女に手を取られて、そのまま奥の方へ連れて行かれました。
後をつけてきたおともの男は、腰を抜かすほどビックリして、
「た、たっ、大変だ! 新之丞さまが、あの女にさそいこまれて、寺の墓地の方へ!」
と、となり近所にいってまわりました。
それで大さわぎになり、みんなして万寿寺の北側の、たまやがある所へ行ってみました。
しかし新之丞は棺の中へひきこまれて、白骨の上へ重なるようにして死んでいました。
女に精を吸い取られて、新之丞は老人のようにやつれていましたが、その口には笑みが浮かんでいました。
万寿寺では気味悪くおもって、そのたまやを別の場所へ移しました。
しばらくして、雨がふる夜には新之丞と若い女が、ぼたんの花の灯籠を持った娘とともに京の町を歩く姿が見られ、それを見た者は重い病気にかかるとうわさが立ちました。
新之丞の親類(しんるい)の人たちが手厚く供養(くよう)をしましたが、たましいがまよい歩かないようになるまでには、かなりの時間がかかったという事です。
おしまい
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