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日本の悲しい話 第16話
一日おくれのショウブ売り
島根県の民話
むかしむかし、ある村に、とても美しい娘がいました。
一人娘だったため、娘が年頃になると、となり村からむこさんをむかえました。
二人は村でも評判の、たいへん仲のよい夫婦となりました。
ところがむこさんは、美しい嫁さんのそばに少しでも長くいたいので、なかなか畑仕事に行きません。
そこで町の絵師(えし→絵描き)に嫁さんの絵姿(えすがた)をかいてもらい、仕事をするときはそれを竹ざおにつけて、畑に立てておくことにしたのです。
そんなある時、大風がふいてきて、嫁さんの絵姿がとばされてしまいました。
絵姿は空にのぼって、見えなくなってしまいました。
さて、この絵姿が落ちたのは、遠い京の都の殿さまの屋敷の庭先でした。
「なんと! この世にこれほど美しい女がおるとは。お前たち、この絵の女がどこにおるかさがしてまいれ」
殿さまはそういって、絵姿の美女をさがし出すよう命じました。
そして絵姿の美女を見つけると、殿さまはすぐに京の屋敷につれてこさせました。
こうしてむこさんは、むりやり嫁さんと別れさせられてしまったのです。
むこさんは、くる日もくる日も、嫁さんの事を思いつづけていました。
「ああ、もう一度だけ嫁さんに会いたい。嫁さんに会いたい。しかし、殿さまの屋敷の中じゃあ・・・」
と、苦しんでいると、都からきた商人が言いました。
「五月五日の端午(たんご)の節句(せっく)の日だけは、ショウブ売りが殿さまの屋敷の中に入れるそうだ」
それを聞いたむこさんは喜んで、ショウブを背負うと都へのぼっていきました。
けれども五月五日には間にあわず、翌日の五月六日に、やっと都につきました。
一日おくれでは、もう殿さまの屋敷へ出入りすることはできません。
むこさんはガッカリしながら、大きな屋敷のまわりを、
「ショウブー! ショウブー!」
と、大声をあげながら、歩いていました。
「はて? 節句はきのうのはず。六日のショウブ売りとはめずらしい」
屋敷の人は一日遅れのショウブ売りを笑っていましたが、その声を聞いた嫁さんは屋敷の庭を走ると、塀(へい)の外にいるむこさんに声をかけました。
「あ、あんた。来てくれたんだね」
「おおっ、お前、お前か」
「そう、あたしだよ。今は人目があるから、夜中にむかえに来て」
「よし、わかった」
その夜、嫁さんはむこさんと手に手をとって、ふるさとへ逃げていきました。
苦しい旅でしたが、二人は山をいくつもこえて、やっと村が見える峠(とうげ)まで逃げてきました。
「ほれ、寺の赤い屋根が見える。もうすこしだ!」
むこさんは嫁さんをはげましましたが、嫁さんはその一言を聞いて、はりつめていた気持ちがいっぺんにゆるんでしまったのでしょう。
その場へ崩れるように倒れると、そのまま息をひきとってしまいました。
亡くなった嫁さんのふるさとでは、その後、毎年五月六日に紫色のショウブの花を家にかざって、気の毒な嫁さんの霊(れい)をなぐさめるようになったという事です。
※ よく似た話しに、絵すがたよめさんがあります。
おしまい
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