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日本の感動話 第22話
娘の生まれかわり
東京都の民話
むかしむかし、江戸(えど→東京都)の神田(かんだ)の町に、善八(ぜんぱち)という旅の好きなお年寄りがいました。
ある年の春の事、旅にでた善八が大阪から奈良にむかっていると、十六、七の娘が走ってきて、善八の前までくると、バッタリとたおれてしまったのです。
ビックリした善八は、あわてて娘をだきおこそうとしましたが、娘はすぐに気がついて、こんな事を話しはじめたのです。
「わたしは、伊勢(いせ)の染(そ)めもの屋の娘です。おつかいの帰りにならず者たちにつかまって、大阪へ売られるところでした。すきを見て、ここまで逃げてきたのです。どうかお助けください」
娘はなみだをふきながら、そういうのでした。
このままでは、いつならず者たちがやってくるかわかりません。
善八は次の宿場(しゅくば)でカゴ屋をたのむと、娘を家までおくっていきました。
娘の両親は喜んで善八を家にとめて、たいへんなもてなしをしてくれました。
次の日の朝、善八が旅のしたくをしていると、元気になった娘がやってきていいました。
「ご恩を忘れないためにも、ぜひ、何か身につけているものをわたしにください。それをあなたさまと思って、朝夕、感謝をこめておがみ、お礼をもうしあげたいのです」
と、いうのでした。
「そうかい。と、いっても、これぐらいしかないが」
善八はお守りの袋に入れてある、浅草(あさくさ)の観音(かんのん)さまの紙のお札(ふだ)を娘に手わたしました。
そして奈良へはいかずに、江戸へもどってきたのです。
すると、るすのあいだに、息子のお嫁さんが男の子をうんでいました。
善八が帰ってきた日は、ちょうど初孫のお七夜(しちや)でした。
ところがどうしたことか、孫は生まれたときから左の手をにぎりしめたまま、泣きつづけているというのです。
「どれどれ。なぜ、そんなに泣くのじゃ。ほれっ、わしがおじいちゃんだよ」
善八が泣き続ける孫をだきあげると、ふしぎなことに孫はピタリと泣くのをやめて、にぎりしめていた赤い手をひらいたのです。
「おや、なにか持っているぞ。はて。これはなんじゃな? ・・・ああっ!」
孫が手の中ににぎっていたのは、なんと浅草の観音さまの紙のお札です。
善八が伊勢の染めもの屋の娘に手わたした、あのお守りの紙のお札でした。
善八が持っていたものと、はしのやぶれ方も同じです。
善八はビックリして、旅でのできごとを家の者たちに話しました。
あまりにも不思議な事なので、すぐに娘に手紙を書きますと、おりかえし染めもの屋から返事がきました。
娘の両親からの手紙には、こともあろうに、善八が帰ってまもなく、娘はきゅうな病で亡くなったと書かれていました。
後から調べてみると、娘が息をひきとった明け方の五時は、善八の初孫が生まれた時刻とピッタリ同じです。
「この子は生まれる前の世で、あの娘からこのお札を手わたされたんだ。この子は男の子だが、あの娘の生まれかわりかもしれない」
善八はそう言うと、ジッと初孫の顔をみつめていたという事です。
おしまい
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