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百物語 第九十四話

ギバ

ギバ
愛知県の民話

 むかしむかし、尾張の国(おわりのくに→愛知県)のある宿場町の河原で、街道(かいどう)ではたらく若い馬子(まご)たちが、自分たちのウマをあつめて、ウマの健康のためにおきゅうをすえていました。
 ウマがあばれないようにクイにたづなをくくりつけると、ウマの腰のあたりにもぐさをうえて、一頭一頭きゅうをすえていました。
 河原には三十頭ばかりのウマがのんびり草を食べながら、順番が来るのを待っています。
 そのうちに、一頭がきゅうに空へかけのぼるようなかっこうをして、はげしくいななきました。
 そして、つながれているクイのまわりをグルグルと回りはじめ、バッタリと倒れてしまったのです。
「どうしたんだ?」
 馬子たちはおどろいてウマにかけよりましたが、ウマは目をひらいて口をあけたまま死んでいました。
 すると今度は、大木の根もとにつないであったウマが同じようにいななくと、グルグルとまわりをはじめて、バッタリと倒れてしまったのです。
 一度ならず二度までも、目の前で不思議な事がおこりました。
「こんなことは、はじめてだ。おいらのウマは大丈夫だろうな」
 馬子たちが青い顔をしながら心配していると、またまた川辺で水をのんでいた白いウマが、はげしくいなないてグルグルまわりはじめました。
「あれ、あのウマもだ!」
 馬子たちはおどろくばかりで、どうすることもできません。
 そこへちょうど、とおりかかった旅の坊さんが、
「ギバだ! ほれ、ウマのしりの穴からギバがぬけて飛んでいくぞ!」
と、指をさしながら言ったのです。
「ギバ? どこにそんなものが飛んでいくんですか? そもそも、ギバとは何ですか?」
 馬子たちは、坊さんにたずねました。
「ギバというのは、ウマにとりつく魔物のことじゃ。しかし、どんなウマにもとりつくというわけではない。ほれ、見なされ。ギバはな、白いウマばかりにとりつくんじゃよ」
 坊さんのいうとおり倒れたウマは、みんな白いウマばかりです。
 馬子たちは、きゅうをすえるのをやめて、坊さんの話しに耳をかたむけました。
「ギバはな、玉虫色をした小さなイヌほどのウマで、その背中には頭にかんむりをつけたて美しく着飾った、おひなさまのような娘がのっているのじゃ。そして白いウマを見つけると、どこからともなくかけおりてきて、長いウマの顔に食らいつき、鼻の穴から腹の中へ入っていくのじゃ。ウマの中に入ったギバは、そのまままっすぐ走ってしりの穴からぬけていく。このあいだにウマは苦しみ、グルグルとおなじところをまわって倒れてしまうのじゃ。ギバは人間にはなかなか見えぬが、ウマにはよく見えるらしく、ギバがやってくるとウマは恐ろしくてあばれだすのじゃ」
 馬子たちは真剣な顔で、坊さんの話しをきいていました。
「でも、人間にはなかなか見えないのはこまりものだな。お坊さま、そのギバとやらにとりつかれねえようにするには、どうすればいいんだ?」
 馬子の一人が、たずねました。
「お前たちだってよく注意をしていれば、わしのように見えるようになる。だが、見えるようになってもギバは素早いからゆだんはできんぞ。ウマがおどろいてなきだしたら、自分の着物でもかまわないから、すぐに広げてウマの頭にかぶせるんじゃ。美濃(みの→岐阜県の南部)の山の中の馬子たちは、お前たちのように、着ている着物をおびやひもでとめてはいない。すぐにぬげるように、からだにひっかけているだけだ。それでも間に合わなくて、ギバが鼻の中へ入ってしまったら、ウマの背中にすばやくハリをうつ。そうすればギバはそれ以上進めずに、入ってきた鼻の穴から外へでてくるんじゃ。美濃の山奥にはよく出たが、このあたりにも出るようになったんじゃな。まあ一番よい方法は、白毛のウマをかわないことだ。それじゃあ、気をつけてな」
 坊さんはそう言うと、どこかへ去っていきました。
 なんとも不思議な話しですが、目の前に三頭のウマが倒れているのですから、信じないわけにはいきません。
 このときから、東海道の宿場にいる馬子たちは、上着をおびなしで着るようになりました。
 ギバの正体は、白いりっぱなウマにのった(さむらい)に両親をけり殺された、まずしいかじ屋の娘の生まれかわりだという事です。

おしまい

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