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日本のふしぎ話 第47話
とっくりに入った男
山梨県の民話
甲斐(かい→山梨県)の殿さまである武田信玄(たけだしんげん)と、越後(えちご→新潟県)の殿さまである上杉謙信(うえすぎけんしん)は、五回も川中島(かわなかじま)で合戦(かっせん)をしたことでよく知られています。
その四回目の合戦(1561年9月10日)の一月ほど前、信玄のお城がある甲府(こうふ)の町に、からだの大きな岸松金(きしのまつがね)という素人(しろうと)のすもうとりが、ふらりとやってきました。
松金(まつがね)はあちこちの町へいっては、力じまんたちとすもうをとって負かしていました。
合戦があった前の日の九月九日の夕方、松金は親しくなった町の人たちとお酒をのんでいました。
すっかりごきげんになった松金は、町の人たちに、
「よし、みんなにおもしろい芸(げい)を見せてやろう」
と、いいだしました。
そして松金は、空になった酒どっくりの口に足の親指を入れて、チョコチョコと動かしたのです。
すると不思議な事に、松金の足がとっくりの中にスーッと入っていくのです。
やがて松金の大きなからだがとっくりの中に消えて、見えなくなってしまいました。
見ていた者たちは、ビックリして、
「おーい。松金!」
とっくりをまわしながら声をかけたり、とっくりをさかさにして、トントンと、手のひらでたたいたりしていましたが、松金は出てきません。
「松金、どこにおるんじゃ? とっくりの中には見えんぞ。おい松金、どこにへばりついておるんじゃ?」
とっくりの口に目をおしつけるようにしてのぞくと、とっくりの中から松金の声がきこえてきました。
はるか山の遠くからきこえるような声です。
「ここに長居(ながい)をしたが、今日でおさらばじゃ。みなの衆、たっしゃでなー」
「おいおい、おさらばといっても、どこへいくんじゃ?」
「それに、このとっくりの中から出てこなけりゃ、どこへもいけねえぞ」
みんながとっくりを前にして、そんなことをいっていると、一人の男が、
「わしらの目の前でとっくりの中に入ったんじゃ。とっくりをわったら、松金はイモムシのようにころがりでてくるわ」
と、いって、とっくりをカシャンとわりました。
ところが中は空っぽで、何も出てきません。
それから松金は、二度と町の人たちの前に姿をあらわしませんでした。
じつはこの松金、越後の上杉謙信が信玄の城下町(じょうかまち)にはなった忍者(にんじゃ)で、町の事をいろいろさぐっていたといわれています。
おしまい
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