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百物語 第十三話

首のないウマ

首のないウマ
香川県の民話

 むかしむかし、讃岐の国(さぬきのくに→香川県)の津田(つだ)というところに、古い屋敷がありました。
 もう長い間、人が住んでいないために屋敷はボロボロで、まるでお化け屋敷です。
 さて、この屋敷を取り囲んでいる土塀(どべい)の中ほどから大きな松の木が枝を広げていて、たくさんの小鳥たちが巣をつくっていました。
 ある日の昼すぎ、一人の(さむらい)がこの屋敷の前を通りかかると、突然、屋敷の中から黒いかたまりが飛び出してきました。
「な、何者!」
 侍はビックリして、に手をかけました。
 黒いかたまりは、侍の近くをフワフワととびまわります。
「おのれ、こしゃくな!」
 侍は刀をぬくと、黒いかたまりに切りつけました。
 ところが黒いかたまりはフワリと刀をかわし、今度は侍の首のまわりをグルグルと動きまわります。
 侍は何度も刀をふりまわしましたが、少しもあたりません。
 ついに侍は、フラフラとなり、
「もうだめだ、だれか、たすけてくれえ!」
と、さけんでその場に倒れると、そのまま気を失ってしまいました。
 すると黒いかたまりは、侍をつつみこむようにして空へまいあがり、侍を松の木の上にはこんでいきました。
 なん日かして旅の商人がこの侍を見つけて、大さわぎになりました。
 やっと下へおろしたときには、侍はもう死んでいました。
 どうして松の木の上で死んでいたのか、だれにもわかりません。
 そんなうわさが広まると、いよいよこの屋敷の前を通る者がいなくなり、昼間でも近づくものはありませんでした。
 さて、この侍には、仲のよい友だちがいました。
 お化けか幽霊(ゆうれい)のしわざと言われていますが、このままにしておいては、死んだ友だちがかわいそうです。
 そこで、
「よし、お化けか幽霊か知らないが、わしがかたきをとってやる」
と、一人で屋敷に出かけました。
(さて、どこから調べてみるか)
 屋敷の前にたちどまって中の様子をうかがっていると、ふいにパカパカパカパカという、ウマのかけてくる音がしました。
 どうやらその音は、屋敷の中から聞こえてくるようです。
 友だちの侍は刀を抜くと、くぐり戸を開けて屋敷の庭へとびこみました。
「やや、なにやつ」
 なんとそこには、首のないウマが走りまわっていて、ウマの上には髪の毛をふりみだした女の人が乗っています。
 女は侍をみて、
「ケケケケッ」
と、笑い出しました。
 さすがの侍もこわくなり、あわててしげみの中にかくれました。
 するとウマに乗った女がそばへかけてきて、
「ケケケケッ」
と、再び笑いかけたのです。
 その顔はどこまでも青白く、大きくさけた口からは、ヘビの様に長い舌がチョロチョロと動いています。
「ウギャーーーッ!」
 侍は悲鳴(ひめい)をあげて、そのまま気を失ってしまいました。
 ちょうどそこへ通りかかった商人がこの悲鳴をききつけて屋敷に飛び込むと、黒いかたまりがフワフワと飛んでいたということです。
 商人は侍を外へつれだしましたが、もしこの商人が通りかからなかったら、この侍も松の木の上で死んでいたでしょう。
 それから数年後、この屋敷は自然にこわれ、松の木もかれてしまったという事です。

おしまい

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