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日本のふしぎ話 第43話
クジラになったお坊さん
茨城県の民話
むかしむかし、ある海辺(うみべ)の村に、宝蔵寺(ほうぞうじ)というお寺がありました。
このお寺では、お寺のお金はお坊さんが村の漁師(りょうし)たちと相談をしてつかうきまりになっていたのですが、ある時、ほかのお寺から新しくやってきたお坊さんが、
「なあに、あとで話せばよい。ちょっとかりておこう」
と、村の漁師たちにないしょで、お寺のお金をつかってしまったのです。
それを知った、村の漁師たちは怒って、
「あの坊さんは、とんでもないことをする。お寺をまかせておくことはできん。こらしめてやる」
と、みんなでどうするかを、話し合いました。
「しかし相手はお坊さんだから、手あらなことはやめよう」
と、いう人もいましたが、気のあらい他の漁師たちは、
「なにをいう。ここは一度、きつくこらしめてやらなくては」
と、ある夜、お坊さんをお酒にさそいだして、よっぱらったお坊さんをお寺の古池(ふるいけ)へ投げこんでしまったのです。
泳げないお坊さんは、そのままおぼれ死んでしまいました。
それから何年かたった、ある年の正月の朝のことです。
浜の漁師たちは、沖(おき)でしおをふきあげるクジラを見つけました。
よろこんだ漁師たちはすぐに村から舟をだして、沖へむかいました。
そして手分けをして逃げるクジラをとりかこんでいきましたが、モリをかまえた漁師たちがクジラをしとめようとしたとき、あばれだしたクジラが大きな尾びれを、とりかこんだ舟にたたきつけてきたのです。
何せきもの舟が木切れのようにこわされ、たくさんの漁師たちが死んでしまいました。
村では犠牲者(ぎせいしゃ)たちの霊(れい)をなぐさめようと、供養塔(くようとう)をたてましたが、犠牲者のほとんどが宝蔵寺のお坊さんの事件にかかわっていた人たちでした。
そんなことから、
「あのクジラは、お坊さんの生まれかわりではないのか? 池に投げこまれた坊さんのたましいが、クジラになってしかえしをしたにちがいない」
と、いいつたえられるようになったという事です。
おしまい
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