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百物語 第六十七話
山ネコのきらいなご幣
広島県の民話
むかしむかし、安芸の国(あきのくに→広島県)に、ヤマイモ掘りの名人といわれるおじいさんがいました。
ヤマイモというのは土深くのびていて、上手に掘らないと、すぐに折れてしまうのです。
だけど、このおじいさんの手にかかれば、どんなに長いヤマイモも根元まできちんとそろっていて、味も良いのです。
おじいさんはヤマイモを求めて、毎日、あちらこちらの山を歩いていました。
ある日の事、おじいさんはネコ山と呼ばれている山へ出かけました。
なんでもこの山には恐ろしい山ネコがいて、人をおそうというのです。
だから山へ近づく者はなく、それだけに、手つかずのヤマイモがたくさんあるはずです。
「山ネコがこわくて、山へ行けるか」
気の強いおじいさんは、ネコ山に出かけてヤマイモを掘り始めました。
思ったとおり、見事なヤマイモがいくらでもあります。
でも、夢中で掘りつづけているうちに、いつのまにか夜になってしまいました。
「しかたがない。今夜はここで野宿するか」
おじいさんは木の下に腰をおろすと、お弁当のにぎり飯にかぶりつきました。
夜中になると、山の中はいよいよ静まりかえり、なに一つ聞こえてきません。
さすがのおじいさんも気味悪くなり、草の上へ横になっても、なかなか寝つくことができませんでした。
それでも、ようやくウトウトしはじめた時、突然なまぐさい風がふいてきて、おじいさんはハッと目を覚ましました。
ふと見ると、黒くて大きなものが、おじいさんの上へおおいかぶさるようにして立っているのです。
ビックリしてとび起きようとしましたが、おじいさんは金縛り(かなしばり)にあってしまい、ピクリとも動くことが出来ません。
よく見てみると、そこに立っているのは毛むくじゃらのけものらしく、金色の二つの目がギラギラと光っています。
(はっ、こいつは山ネコだ!)
と、気がついたものの、いまさらどうすることも出来ません。
(仕方ない。なるようになれ)
おじいさんは覚悟を決めて、目を閉じました。
生ぐさい息が顔にかかったかと思うと、山ネコはヤスリのようにザラザラとした舌で、おじいさんのからだをなめはじめました。
ところが山ネコは、おじいさんのからだをなめまわすばかりで、いっこうに食いつこうとはしません。
しばらくすると、山ネコはくやしそうに言いました。
「だれかが、じゃまをしやがったな」
(・・・?)
おじいさんは、何の事かわかりません。
「くそっ、どうしても食う事ができない!」
山ネコはあきらめたらしく、そのままたちさっていきました。
「助かった」
金縛りのとけたおじいさんは、ホッとして起きあがりました。
気がつくと体中に、ご幣(ごへい→紙を細く切ったもので、神社に祭ってある)の紙がまきついていました。
「こりゃ、どっかの神さまが助けてくださったにちがいない」
おじいさんは夜が明けると、ヤマイモと一緒にご幣を持って山をおりました。
家にもどると、さっそくあちこちの神社をたずね歩いてご幣を見せました。
だが、どこの神社も、
「これは、うちのものでない」
と、言うのです。
おじいさんはしかたなく、村の氏神(うじがみ→住む土地の守り神)さまになっている神社へ行きました。
「これはわたしの命を助けてくれた神さまのこ幣です。ここであずかってほしい」
「ああ、いいですよ。うん? ・・・あれ、これはうちのご幣だ」
神主がおどろいて神社の中を調べてみると、やっぱりご幣がなくなっています。
「なんと、氏神さまのご幣だったのか」
おじいさんは喜んで、氏神さまにご幣を返しました。
この神社は山ネコを追い払ったご幣の氏神さまということで、すっかり有名になり、山仕事へ行く人はみんな、この神社へお参りするようになったという事です。
おしまい
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