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世界の悲しい話 第9話
お墓にはいったかわいそうな少年
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むかしむかし、ひとりのヒツジ飼いの少年がいました。
かわいそうなことに、お父さんもお母さんも死んでしまったので、あるお金持ちの百姓(ひゃくしょう)のうちでそだてられることになりました。
ところがこの百姓夫婦は、たいヘんなお金持ちなのに、けちんぼでいじわるでした。
ですから、その少年はどんなにいっしょうけんめいはたらいても、ごはんを少ししか食ベさせてもらえません。
ある日、少年はメンドリとヒヨコたちの番をするようにいわれました。
ところがハヤブサがメンドリにおそいかかって、メンドリをするどいツメでつかむと、そのままどこかへ飛んでいってしまいました。
少年は、ありったけの声をだしてどなりました。
「だめだよー! メンドリをかえしてくれー! かえしてくれないと、おこられてしまうよー!」
しかしハヤブサは、メンドリをかえしにきませんでした。
百姓はそのさわぎをききつけて、とびだしてきました。
そしてメンドリがさらわれたときくと、ひどくおこって少年をなぐりつけました。
かわいそうに少年は、ひどくなぐられたので、三日間もおきあがることができませんでした。
さて、少年はヒヨコたちの番をすることになりました。
「ハヤブサがこないように、ずっと見張っていなくっちゃ」
はじめのうちはうまくいっていたのですが、二、三日あとのことです。
少年はおなかがペコペコだったので、つい、いねむりをしてしまいました。
するとそのすきに、ハヤブサがまいおりてきて、ヒヨコたちを全部食べてしまったのです。
少年はまた百姓にひどくなぐられたので、いく日もおきあがることができませんでした。
しばらくたって、少年がまた立って歩けるようになったとき、百姓がいいました。
「おまえは、なんてバカな子なんだ。もう番人をさせてもだめだから、そのかわりに使いにいくんだ」
百姓はこういって、ブドウをたくさんいれたカゴと手紙を少年にもたせて、裁判官(さいばんかん)のところヘ使いにやりました。
「ああ、おいしそうなブドウだな。ああ、おなかがすいたなー。・・・これだけあるんだ、すこしぐらい食べても大丈夫だろう」
おなかがすいてたまらない少年は、とちゅうでブドウをふたつぶ食ベてしまいました。
少年は裁判官にブドウのカゴをわたしましたが、裁判官は手紙をよんでブドウの数をかぞえおえるといいました。
「ふたつぶ、たりんぞ」
少年は、おなかがすいてブドウを食ベましたと、正直にわけを話しました。
裁判官は、百姓に手紙を書きました。
そしてもういちど、ブドウをおなじだけ、おくってくれるようにとたのみました。
こんどもまた、百姓はブドウと手紙を少年にわたして使いにだしました。
すると少年は、こんどもまたおなかがすいて、ブドウをふたつぶ食ベてしまいました。
けれどもこんどは食ベるまえに、カゴから手紙をとりだして石の下にかくし、その上にすわりこみました。
じぶんがブドウを食ベるのを見て、手紙が裁判官にいいつけるといけないと思ったからです。
ところが裁判官は、なぜブドウを食べたのかと少年をしかりました。
少年はおどろいて、
「裁判官のおじさん。なぜわかったの? 手紙は知らないはずだよ。だってぼく、食べるまえに手紙を石の下にかくしといたんだもの」
と、いいました。
裁判官は思わずわらいだしてしまい、百姓に手紙を書いて、『少年にもっと食ベものをやって、だいじに世話をしなさい』と、たしなめました。
またその手紙で、『正しいことと、正しくないことの区別ができるように、少年によくおしえてやりなさい』と、たのみました。
「よし、裁判官のいうとおりにしてやろう」
百姓は、こわい顔でいいました。
「だがな、食ベものがほしいんなら、はたらかなければならんぞ。もし、おまえが正しくないことをしたらうんとなぐって、正しいことがなんだかおしえてやろう」
こういって百姓は、そのあくる日から、少年につらいしごとをいいつけました。
ウマのかいば(→エサのこと)にするために、ワラをこまかく切るしごとです。
「よいか。五時間たったらわしはかえってくる。そのときまでに、ワラをぜんぶ切っとかなければ、手も足もうごけなくなるまでぶんなぐってやるからな!」
百姓は町にでかけました。
少年のしごとは、とってもおなかがすくしごとですが、百姓は、たったひときれのパンしかくれませんでした。
少年はワラ切り台のまえにすわって、いっしょうけんめいはたらきました。
「はあ、あついな。上着をぬいでおこう。・・・それにしても、おなかがすいたなー」
少年はおなかがすいてフラフラだったので、ワラといっしょに上着を切っていることに気がつきません。
「あんまり時間がないぞ。いそがないと。仕事が終わっていないと、またなぐられるからなあ。・・・ああっ! しまった!」
少年が上着を切っていることに気がついたときには、上着はバラバラになっていました。
「ぼくはもうだめだ。だんながかえってきてこれを見たら、ぼくをなぐって殺すだろう。ああ、ひどくなぐられて死ぬなら、いっそじぶんで死んでしまおう」
少年はおかみさんが、『ベッドの下に、毒(どく)のツボをかくしておいた』と、いつも言っているのを思いだしました。
ほんとうはそれはハチミツで、おかみさんは、ぬすみぐいをされるといけないと思い、うそをついていたのです。
「よし、毒を食べて死のう」
少年はベッドの下にもぐりこんでツボをとりだすと、中身を食ベはじめました。
「おや? こいつは、おどろいたなあ。毒って、にがいもんだとおもっていたけど、これはあまいや。おかみさんがよく、死にたい、死にたいっていうのはあたりまえだよ」
全部食べ終えた少年は、小さなイスにすわって、死ぬのを待ちました。
けれども、栄養(えいよう)のあるハチミツを食べたので、死ぬどころかはんたいに、元気になってくるのに気がつきました。
「こいつはきっと、毒じゃあなかったんだ」
次に少年は、洋服ダンスにかくしてあるビンを取り出しました。
「だんなが、ハエとりの毒を洋服ダンスにいれたといっていたけど、これがそうだな。よし、これを飲んで死のう」
けれどもそれは、ハエとりの毒ではなくてブドウ酒だったのです。
少年はビンをとりだして、グイッとのみほしました。
「ヘーえ。この毒もあまいや」
けれども、ブドウ酒によっぱらってきて、頭がボンヤリしはじめると、少年は毒がきいてきたのだと思いました。
「こんどこそ、死ぬような気がするぞ。墓地(ぼち)へいって、お墓の穴をさがすとしよう」
少年はフラフラしながら、墓地ヘいきました。
そして、ほったばかりの穴を見つけると、なかに入って横になりました。
ブドウ酒がどんどんまわってきて、少年はだんだん気がとおくなっていきました。
墓地の近くには料理屋があって、ちょうどそこで結婚式をあげていました。
少年はその音楽をきくと、
「ああ、もう天国にきたんだ」
と、思いこみ、そして気をうしなってしまいました。
かわいそうに少年は、そのまま目をさましませんでした。
子どもなのにたくさんのブドウ酒をのんだためと、夜のさむさにこごえたため、少年は死んでしまったのです。
百姓は少年が死んだときいて、ビックリしました。
少年がかわいそうだったわけではなく、裁判官におこられるのではないかと思ったからです。
そして、どういいわけしたらよいか、だんなとおかみさんが話し合っていると、台所の火がもえあがって、あっというまに百姓の家を灰にしてしまいました。
百姓夫婦は何とか逃げだして無事でしたが、その日以来、少年にはわるいことをしたとひどく後悔(こうかい)しながら、貧乏にみじめにくらしました。
おしまい
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