10月22日の百物語
安達ヶ原の鬼ばば
福島県の民話
むかしむかし、阿武隈川(あぶくまがわ)のほとりには、安達ヶ原(あだちがはら→福島県二本松市)という荒野原がありました。
そしてそこにあるほら穴には、人を食う鬼ばばが住んでいるとのうわさがありました。
夏のある日、東光坊祐慶(とうこうぼうゆうけい)という旅のお坊さんが安達ヶ原にさしかかった時、もうすっかり日が暮れてしまいました。
「これは困った。早く今夜の宿を見つけなくては」
祐慶(ゆうけい)は足をはやめましたが、人の背丈ほどもある草が一面に生い茂っているので、なかなか前に進めません。
それでも草を押し分けて進んでいると、進む先に小さな明かりが見えました。
「ありがたい。助かったぞ」
祐慶が明かりの方へ行ってみると、その明かりはほら穴からもれており、中をのぞくとおばあさんが一人で糸をつむいでいました。
「すみません。
わしは旅の僧で、祐慶と申す者です。
道に迷って、困っております。
今夜一晩、ここに泊めてもらえないだろうか?」
祐慶が丁寧に頭を下げると、おばあさんがほら穴から出てきてにっこり微笑みました。
「それはそれは、お困りでしょう。こんなところでよかったら、遠慮なく泊まってください」
ほら穴の中はひんやりとしていて、壁のくりぬいたところに明かりの油皿(あぶらざら)が置かれています。
「ちょうど今、たきぎをなくしたところです。拾ってきますから、少しの間待っていてください」
おばあさんはそう言ってほら穴の外へ出ましたが、ふいに振り返ると怖い顔で言いました。
「お坊さま。わたしが戻るまでは、決して奥をのぞかないでください。何しろ一人暮らしな為、奥はひどくちらかっていますから」
「わかりました。決してのぞきませんから、安心してください」
おばあさんが出て行った後、祐慶は火のないいろりの前に座っていましたが、『決して奥をのぞかないでください』と言ったおばあさんの言い方が、あまりにも気になりました。
「ちらかっているぐらいで、あの言い方はおかしい。何か、あやしい事でもあるのだろうか?」
そこで祐慶は後でおばあさんに謝るつもりで、奥を仕切っているむしろのすきまから中をのぞいてみました。
「あっ!」
祐慶は、思わず叫びました。
なんとそこには人間の骸骨(がいこつ)が山の様に積まれていて、壁のあちこちに赤黒い血がこびりついています。
「さては、人食いの鬼ばばであったか。早く逃げなくては」
祐慶は荷物をつかむとほら穴を飛び出して、後も見ずに駆け出しました。
ちょうどすぐ後に、おばあさんが戻ってきました。
「お坊さま、お待たせ・・・」
ほら穴の中に誰もいない事を知ったおばあさんの顔が、みるみる恐ろしい鬼ばばに変わりました。
「さては、気づかれたか。坊主め、あれほどのぞくなと言っておいたのに!」
鬼ばばはくんくんとにおいをかぐと、祐慶のにおいをたよりにすごい早さで逃げた祐慶を追いかけました。
「待てえーー!」
鬼ばばの声が、どんどん近づいてきます。
祐慶が後ろを振り向くと、まっ白な髪を振り乱した鬼ばばが、すぐ後ろまでせまっているではありませんか。
その時、祐慶は運悪く石につまづいて、草の上に倒れました。
そして倒れたひょうしに、背中の荷物の中から観音像が転がりました。
「もう駄目だ! 観音さま、お助け下さい!」
祐慶は観音像をすばやく拾い上げると、一心にお経をとなえました。
「経など、無駄じゃ! 頭から丸かじりにしてやるから、覚悟しろ!」
鬼ばばが手を伸ばして、倒れた祐慶をつかもうとしました。
その次の瞬間、雲一つない空から一筋の雷が落ちてきて、鬼ばばの体を貫いたのです。
「ぎゃおうーーーー!」
鬼ばばは恐ろしい叫び声をあげて倒れると、そのまま死んでしまいました。
「観音さま、ありがとうございました」
こうして観音像に命を助けられた祐慶は、月明かりをたよりに安達ヶ原を無事に抜け出しました。
おしまい