12月11日の百物語
雪の夜泊まり
むかしむかし、一人の狩人(かりゅうど)が冬山でえものを追いかけているうちに、すっかり日が暮れてしまいました。
「さて、どうしたもんだろう」
狩人が辺りを見回すと、それほど遠くないところにポツンと明かりが見えました。
「こら、天の助けだ!」
狩人が明かりの方へ近づくと、それは炭焼き小屋でした。
ドンドンドン
狩人は、小屋の戸を叩いて言いました。
「おらは狩人だが、この大雪で帰るに帰られなくなった。どうか、泊めてくれねえか」
すると小屋から親方で出てきて、狩人を中に入れてくれました。
「ああ、ええとも、ええとも。こんなあばら家だが、とにかく入ってけれ」
狩人は親方に案内されて、いろりのそばへ座ります。
狩人がいろりで冷えた手を温めていると、親方がこんな事を言いました。
「実は、一つ頼まれて欲しいんだ。
こんな大雪だども、おら、下の村さ、行かねばなんねえ用事があってな。
じきに帰って来るけに、ちょっとの間、留守を頼まれてけれ」
「ああ、ええとも、ええとも。こっちは泊めてもらってんだ。そんなのおやすいご用だ」
「そうか、それを聞いて大助かりした。
ただ、火を燃やす事だけは、忘れねえ様にしてけれや。
このあたりは、オオカミが出るで。
そこのすみっこにたきぎがあるから、どんどん燃やしてけれ」
親方はそう言うと、大雪の中へ出ていきました。
狩人は火が消えない様にいろりにたきぎをくべていましたが、そのうちに居眠りをして、気が付くと火が消えかかっていました。
「こらいかん! 火が消えたら、オオカミがやって来るぞ」
狩人がたきぎを取りに行こうとすると、部屋のかたすみに立てかけてあるびょうぶの向こうで何かが動く気配がしました。
「はて? この小屋には、おらしかおらんはずじゃが」
すると今度は、ズリッズリッと、何かを引きずる不気味な音がしました。
「今の音は? もしや、オオカミが入って来たのか?」
狩人はたきぎを手に持つと、恐る恐るびょうぶの向こうをのぞいて見ました。
するとびょうぶの向こうには、ふとんの上に死んだ女の人が寝かされていて、その女の人の死体を黒い何かが外へ引き出そうとしていたのです。
それは人間の形をしていますが、目も鼻も分からないほど全身真っ黒です。
(わわわわわぁっ、オオカミでねえ! 化け物だ!)
死体を引きずる黒い何かは狩人を見ると不気味に口を開いてニヤリと笑いましたが、わずかに残っているいろりの火が怖いのか、こちらへやって来ようとはしません。
(この化け物、火が怖いのか?)
そこで狩人は火の消えかかっているいろりに、杉の葉やたきぎやら燃える物を何でも構わず投げ込んで大急ぎで火をつけました。
火が大きく燃えて部屋の中が明るくなると、女の人の死体を引きづり出そうとしていた黒い何かは明かりを恐れる様に逃げて行きました。
やがて夜が明けて外が明るくなってくると、親方が四人の村人を連れて帰って来ました。
「ああ、すまねがった。
大雪で帰るのが遅くなったが、ゆんべはよく眠れたべか」
「いんや、ゆんべは恐ろしい目にあって、眠られるどこじゃねえ」
狩人は昨日の事を、親方に話して聞かせました。
すると親方は、あらたまった顔になって言いました。
「それは、何ともすまねがった。
実は女房が、急に体のあんべえ悪くなって死んでしまったんだ。
おめえさまの来る、少し前の事だった。
それで村さ行って人を呼ぼうと思ったども、留守の間に火が消えてしまえばオオカミがやって来て女房を食ってしまう。
どうしたもんだろうと考えておったところへ、おめえさまがやって来てくれた。
それで、おめえさまには悪いと思ったども、黙って留守番を頼んだっちゅうわけだ。
その黒いのは、オオカミだ。
怖いめば会わして、めんぼくしだいもねえ。
これこの通り、謝るで」
親方は狩人に、頭を下げて謝りました。
「昨日のは、オオカミだったか?」
「ああ、オオカミだ。ほれ、ここに足跡があるべ」
言われてみれば、確かに小屋の床にオオカミの足跡がいくつかついています。
(すると昨日のは、化け物ではなくオオカミだったか? いや、おらは狩人だ。あれはオオカミなんかでねえ)
狩人が見たのがオオカミなのか化け物なのかはわかりませんが、狩人はそれ以上は何も言わずに山を下りていきました。
おしまい