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          福娘童話集 > お話し きかせてね > 日本昔話の朗読 
         
        
       
徳政じゃ 
      
      
       むかしむかし、京の町に、大きな宿(やど)屋がありました。 
 いつも、旅の人が大勢とまっていて、とてもにぎやかでした。 
 ところで、この宿屋の亭主は、いったいどこで耳に入れたのか、近いうちに徳政令(とくせいれい→借金を帳消しにするおふれ)のあることがわかったので、心の中でニヤリと笑いました。 
(こいつで、タンマリと、もうけてやろう) 
 亭主は、ひと部屋ひと部屋まわり歩いて、とまり客の持ち物を見せてもらいました。 
「ほう、このわきざし(→刀)は、けっこうなお品で。じっくりと拝見(はいけん)いたしとうございますが、しばらくお貸しくださるまいか」 
「この大きな包は何でござりましょう。ほほう、立派な反物(たんもの→着物のきじ)がこんなにもドッサリ。実は、娘や女房に買うてやりたいとぞんじますので、ちょいと、拝借を」 
と、いう具合に、客の持ち物を、次から次と借りていきました。 
 客たちは亭主のたくらみなどは、夢にも知りませんので、 
「お役にたてば、お安いこと」 
「さあさあ、どうぞ」 
と、気楽に何でも貸してくれました。 
 こうして、どの部屋からも目ぼしいものを借りまわったおかげで、主人の部屋には、客の品が山のようにたまりました。 
 さて、二、三日すると、思ったとおり、おかみのおふれが出ました。 
 役人がほら貝をふきたて、鐘を打ちならして、 
「徳政じゃあー。徳政じゃ」 
と、町をわめき歩きます。 
 町のあちこちに、徳政の立礼(たてふだ)がたちました。 
 そこで宿の亭主は、してやったりと、広間に客を集めてこういいました。 
「さてさて、困った事になりもうした。この徳政と申すは、かたじけなくも、おかみからのおふれでございます。このおふれのおもむきは、天下の貸し借りをなくし、銭・金・品物などによらず、借りた物はみな、借り主にくだされます。さようなわけで、皆さまからお借りした品々は、ただいまから、わたくしの物になったわけでございます」 
と、いかにも、もっともらしくいいました。 
 さあ、これを聞いた客はびっくりです。 
 たがいに目を見合わせて、とほうにくれ、中には泣き出す者もいて、たいへんな騒ぎです。 
 けれど、 
「返してほしい!」 
と、どんなに頼んでも、亭主は、 
「なにぶん、このおふれは、わたくしかってのものではござりませぬ。天下のおふれ、おかみからのご命令。借りた物はみな、わたくしの物でございます」 
と、いっこうに聞き入れません。 
 こうなっては、客たちも大事な物を亭主に貸したことをなげくばかりです。 
 ところが客の中に、頭の切れる男かおりました。 
 男はつかつかと亭主の前に進み出ると、こういいました。 
「なるほど、天下のおふれとあれば、そむくことはなりますまい。そちらヘお貸しもうした物は、どうぞ、お受け取りくださるように」 
 この言葉に、ほかの客たちがあきれていると、男は続けて、 
「ただ、こうしたおふれが出まして、あなたさまには、まことにお気の毒ではござります。だが、それもいたしかたのないこと。わたくしどもは、こうして、あなたさまのお宿をお借りしましたが、おもいもかけず、このたびの徳政。いまさらこの家をお返しすることも出来ぬことになりました。どうぞ、妻子(さいし→おくさんと子ども)、めし使い一同をお連れになって、いますぐこの家からおたちのきくださるよう」 
と、おごそかな声でいいました。 
 さあ、今度は亭主の方がびっくりです。 
「なんだと! この宿は、むかしからわしらの持ち物。いまさら人手に渡すことはならぬ。ならぬわい!」 
と、まっ赤になってどなったのです。 
「いやいや。ご亭主。あなたさまが、先ほどいわれたとおり、おふれはおふれ。この家はお借りもうした、わたくしどもの物です」 
「そ、そんなむちゃな」 
 宿の亭主は怒って、奉行所(ぶぎょうしょ→今でいう、裁判所)にうったえ出ました。 
 すると、お奉行(ぶぎょう→裁判官)は、まじめくさった顔で、宿の亭主に、 
「お前のいい分は通らぬぞ。借りた物は、借り主にくださるが徳政。お前は、妻子、めし使い一同をつれて、家からたちのくがよい」 
と、いいわたしました。 
 宿屋を借りていたお客たちは、荷物こそは宿屋の亭主に取られましたが、宿屋を手に入れて、しあわせに暮らすことができました。 
      おしまい 
        
         
        
       
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