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福娘童話集 > きょうの新作昔話 >山の神のうつぼ
2015年3月9日の新作昔話
山の神のうつぼ
むかしむかし、あるところに、目の見えない琵琶法師(びわほうし)がいました。
その琵琶法師は琵琶箱を背中に背負って、いつも一人で旅をしていました。
ある日の事、山で道に迷った琵琶法師は、一本の大きな木のかげに琵琶を下ろして野宿をする事にしました。
「山の神さま。今晩一晩、ここに泊めていただきとうぞんじます。
つきましては、お聞きぐるしゅうはございましょうが、旅の座頭(ざとう→目の見えない人)の作法として琵琶の一曲をお聞きに入れます。
しばらくお聞きながしくださいませ」
琵琶法師はそう言って、平家物語の一節をひき語りました。
すると高いところから、こんな声が聞こえてきたのです。
「さても、おもしろい。いま一曲語って聞かせてくれ」
(おや? 誰かいるのかな?)
琵琶法師は不思議に思いながらも、同じ平家物語のほかの一節を語り、琵琶をじゃんじゃんと打ち鳴らしました。
するとまた高いところから、さっきの声がしました。
「これはありがたかった。さあ、楽にして休息するがよい」
「はい、ありがとうぞんじます」
琵琶法師はそう言って、声のする方へていねいに頭を下げました。
それからしばらくすると、遠くの方から足音が聞こえてきました。
その足音は琵琶法師の前で止まると、こう言いました。
「さ、おぜんを持ってまいりました。遠慮なしにおあがりなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
琵琶法師がお礼を言うと、その足音はどこか遠くへ行ってしまいました。
「どこのどなたかぞんじませんが、ごちそうになります」
手探りでおぜんの上をさわってみますと、それはたいそうなごちそうでした。
琵琶法師は頭を下げるとそれを全部食べ、そしてもう一度頭を下げて横になりました。
さてしばらくすると、どこからか一人の猟師がやって来て言いました。
「琵琶法師さん。あなたを人里のあるところまでご案内申せと言いつけられて来ました。このうつぼにしっかりつかまって、わたしのあとについておいでなさい」
うつぼとは、猟師が矢を入れて肩や背中に背負ったりする毛皮の筒の事です。
「ありがとうございます。道に迷ってしまったので、これからどうやって人里へ行こうかと心配していたところです」
琵琶法師は大急ぎで支度をすると、そのうつぼの先を掴んで猟師のあとについて行きました。
山道をどんどん進むと、やがて谷川の水の音が聞こえてきました。
遠くから、犬やニワトリの鳴き声も聞こえてきました。
どうやら、人里に近づいたようです。
そこで琵琶法師は、案内の猟師に尋ねました。
「猟師さん。村里も近くなったようですが、その辺に木を切っている人とか、草をかっている人とか見えませんでしょうか?」
「・・・・・・」
猟師は、返事をしません。
「猟師さん、すみません。さぞお疲れでございましょうな」
「・・・・・・」
猟師は、やはり返事をしません。
そして間もなく村の子どもの一人が、大きな声で叫びました。
「あそこを見ろ! 座頭の坊さんが、オオカミのしっぽをつかんで山をおりてくるぞ!」
すると今まで道案内をしていた猟師が、あわてて山を上へと走って行ってしまいました。
その足音は、四つ足の足音でした。
それから琵琶法師は、道ばたの草をかっている草かりの男に出会いました。
「もしもし、そこで草をかっておられるお方。わたしはごらんの通り、目の見えない琵琶法師でございます。
山の中で道にまよい、昨日から難儀をしております。
おそれいりますが、この村の庄屋さんのお家まで案内していただけないでしょうか?」
すると草をかる人は琵琶法師の手を引いて、庄屋さんの家へ連れて行ってくれました。
琵琶法師は庄屋さんに、昨日の出来事をくわしく話しました。
「なるほど、それでよくわかりました」
庄屋さんはそう言って、こんな話をしました。
「実は昨晩の事。
わたしの家の小さな子が、突然妙な事を言い出したのです。
『おれは、この山の山の神だ。
今夜は珍しい客人があるから、何かごちそうをこしらえて山へ持って行け。
そして大木の下に休んでいる客人にさしあげろ。
言うことを聞かないと、この子の命を取ってしまうぞ!』
そう言って子どもは、バッタリと気を失ってしまったのです。
そこで急いでおぜんを人に持たせて、山へ使いに出したのです。
山の神さまのお客というのは、あなただったのですね。
これも何かの縁です。
どうぞ、ここに何日でもお泊まりになって、あなたの琵琶を聞かせてくださいませ」
「もちろんです」
琵琶法師はさっそく、琵琶をひき始めました。
おしまい
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