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2016年 9月 5日の新作昔話

名医のやせ薬

名医のやせ薬
江戸小話江戸小話

 むかしむかし、ある国に食べる事が大好きな殿さまがいました。
 殿さまは毎日毎日おいしい物ばかり食べているので、体がぶくぶくぶくぶくと太ってしまいました。
「こうも太ると、少し動くだけでも疲れる。何とかしてやせなければ」
 そこで殿さまは町で評判の名医を呼んで、やせ薬を作ってくれるように頼んだのです。
「やせ薬ですか・・・。まずは、お殿さまの今の具合を」
 名医は殿さまの心臓の音を聞き、目と舌の様子を見て、足の裏を触るなど、体をあちこち診ると、暗い顔でなにやら考え込んでしまいました。
 やがて意を決した名医は、殿さまに言いました。
「お殿さま、大変申しあげにくいのですが、残念ながらお殿さまのお命は長くともあと一ヶ月ばかりです。太り過ぎたために、とても重い病気にかかっておられます」
 さあ、それを聞いた殿さまはびっくりです。
「なに! あと一ヶ月じゃと! それならば、すぐに余の病気が治る薬を作ってくれ!」
「いえ、この病気は薬では治りませぬ。残された一ヶ月を、お大事にお過ごしくださいませ」
「ええい、このやぶ医者め! みなのもの、こやつを牢へ放り込め!」
 気の毒な事に、名医は牢屋へ放り込まれてしまいました。

「わしは死ぬのか・・・ もうすぐ死んでしまうのか・・・」
 殿さまは死ぬのが怖くて仕方がなく、ご飯ものどを通りません。
 ぶくぶくに太っていた殿さまの体が、少しずつげっそりとしてきました。

 やがて一ヶ月が過ぎました。
 殿さまは別人のようにやせていましたが、死ぬどころか体が軽くなって前よりも元気なくらいです。
 殿さまは、名医を牢屋から出してたずねました。
「お前はわしにあと一ヶ月の命と言うたが、わしはこの通りまだ生きておるぞ。いったい、わしの命はあと何日じゃ」
 すると名医はニッコリ笑い、すっきりとやせた殿さまを見て言いました。
「お殿さま。どうやらわたしの薬が、効いてきましたな」
「なに? それはどういう意味だ?」
「お殿さまは、わたしにやせ薬を作るように言いました。だからわたしは、お殿さまにやせ薬を飲ませました」
「なにを言う。わしは薬なんぞ飲んでおらんぞ」
「いえいえ、わたしが作ったやせ薬は心配の種です。お殿さまは一ヶ月で死ぬと心配し、どんどんやせていきました。お殿さまに一ヶ月の命と嘘をつくことが、わたしの作ったやせ薬でございます」
 それを聞いた殿さまは、大喜びで言いました。
「おお! そうであったか。だれか、この利口な名医に、ほうびをたんとつかわせい。・・・しかし、全く人騒がせな薬じゃわい」

おしまい

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