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福娘童話集 > きょうの百物語 > その他の百物語 >背中をはぎとる女 
      第 25話 
         
           
         
背中をはぎとる女 
        むかしむかし、大怪我をしたある侍が、怪我を治す為に温泉場へ湯治(とうじ)に出かけました。  
「ああ、いい湯だ。 
 これほど気持ちの良い湯は初めてだ。 
 これなら怪我も、はやく治るだろう。 
 寝る前にもう一度、ゆっくり入るとしよう」 
 
 その日の夜遅く、侍が湯殿に行こうとすると宿屋の主人が呼び止めました。  
「あの、お客さま。夜中は、入らない方がよろしゅうございますよ」 
「それはまた、どういうわけじゃ?」  
「はい。実は、ここには夜中になると、恐ろしい化け物が出るとのうわさがあるのでございます」  
「化け物じゃと? わははははははっ。それは面白い、どの様な化け物か、わしがこの目で見届けてやろう」  
「しかし、お客さま」  
「大丈夫だ。だいたい化け物が怖くて、侍がつとまるか」 
「しかし・・・」 
 侍は笑いながら、一人で湯殿に入っていきました。 
 
「うむ、実にいい湯だ。傷がいやされる」 
 侍が気持ちよさそうに湯船につかっていると、湯煙の中から若くて美しい女の人が現れて、遠慮がちに言いました。  
「あの、わたくしも、入れてくださいませんか?」  
「ああ、いいとも、いいとも」  
 侍は女と入れ替わりに湯船を出ると、体を洗い始めました。  
 すると間もなく、女が言いました。  
「あの、お背中を流しましょうか?」  
「おお、それは助かる。実は怪我をしていて、背中に手が届かぬのじゃ」 
「怪我を? それは大変なことで」 
 女は湯船から出ると、侍の背中を指先でていねいにこすりはじめました。  
「これはなんとも、いい気持ちじゃ。まるで、極楽へ行ったようだ」 
「それは、ようございました。極楽へは、もうすぐ行けますよ」  
「それは、どういう意味で?」  
 侍は、そうたずねようとして、そのまま意識を失ってしまいました。 
 
 次の日の朝早く、心配になった宿屋の主人が湯殿にやってくると、そこには背中の肉をはぎ取られた侍の死体があったという事です。  
      おしまい 
           
             
         
          
          
       
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