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第 49話
茶わんの中の若者
むかし、徳川五代将軍徳川綱吉の時代の頃。
堀田小三郎(ほったこさぶろう)という侍の召使いに、関内(かんない)という男がいました。
関内はとても頭が良くて腕の立つ男だったので、小三郎はどこへ行くにも関内をお供にしていました。
ある年の正月の事、小三郎は関内を連れて年始のあいさつに出かけました。
その途中、小三郎たち一行は本郷の白山(→東京都文京区)にある茶店で一休みをすることにしました。
そして関内がお茶を飲もうとしたとき、手に持った茶わんの中に美しい若者の姿が映ったのです。
「おや?」
関内は後ろを振り返りましたが、後ろには誰もいません。
もう一度茶わんの中を見ると、茶わんの中には若者か映っています。
「殿、これをごらんください」
小三郎は、関内の茶わんをのぞいて驚きました。
「これは、どういうわけだ?!」
「分かりません。ただ、こんな物を飲むわけには」
そこで関内はお茶を捨てて新しいお茶と取り替えましたが、やはり茶わんの中に若者の姿が映っているのです。
「もうよい、茶は捨てておけ」
怖くなった小三郎が関内に言いましたが、関内は勇気を出すと、
「何、これしきの事」
と、そのお茶を飲み干したのです。
さて、その夜の事です。
屋敷へ戻った関内が自分の部屋でくつろいでいると、どこから忍び込んできたのか美しい若者が現れました。
その若者の顔は、茶わんに映った若者の顔とそっくりです。
「おまえは、何者だ!」
関内は素早く刀をつかみましたが、若者は驚いた様子もなく姿勢正しく前に座ると言いました。
「わたしは、式部平内(しきぶへいない)と申すもの。あなたの家来にして頂きたいと、やってまいりました」
「家来だと? わしは殿の召使い。家来など持てる身ではないわ」
しかし若者は、関内がいくら断っても座ったまま動こうとしません。
「それにしても、門番もいたのにどうやってここへきた?」
すると若者は、にやりと笑って言いました。
「なに、空を飛べば簡単です」
それを聞いた関内は、刀を持つ手に力を入れました。
(こいつは、化け物に違いない!)
関内は刀を抜いて、若者に切りつけました。
すると、
ウギャー!
若者は切られながらも後ろに飛び退くと、そのまま部屋を飛び出しました。
「逃がさぬ!」
関内も部屋を飛び出して逃げる若者を追いかけましたが、庭まで追い込んだ時、若者の姿が急に見えなくなったのです。
「まさか逃げられるとは。確かに手応えはあったはずだが」
しかし関内の刀には、血のあとがありませんでした。
次の晩、三人の侍が血相をかえて屋敷に乗り込んできました。
「我らは式部平内が家来。昨夜、関内殿をしとうてまいりし主人を、いきなり切りつけるとは何事です!」
これには小三郎も驚き、三人の侍に尋ねました。
「式部平内とは、どこの家中の者か?」
すると三人の侍は、自慢げに答えました。
「何を隠そう、中川佐渡守殿(なかがわさどのかみどの)の家中でござる」
「佐渡守だと」
佐渡守と言えば、小三郎が仕える殿さまです。
しかし式部平内などという名前は聞いた事もありませんし、そんな若者に会った事もありません。
(関内の言うように、奴らは侍に姿を変えた化け物かもしれんな)
「それで平内殿は、いずこの屋敷に」
すると、侍の一人が答えました。
「傷の養生の為、湯治に出かけられた。傷が治って戻られたときは、この恨み必ずはらすとのことづけじゃ」
それを戸のすき間から覗いていた関内は、侍たちの手足が異常に毛深いのを見つけました。
(あの毛は人間ではなく、けものの毛だ)
そこで関内は部屋に飛び込むと、刀を抜いて三人の侍に切りかかりました。
すると三人の侍たちは、けものの様に高く飛び上がり、天井を突き破って屋根の上から姿を消したのです。
「またしても、逃げられたか」
関内が三人の侍が座っていた辺りを調べてみると、キツネの毛が何本も落ちていました。
その後、関内はあの若者と三人の侍が現れるのを待ちましたが、若者も三人の侍も姿を姿を現わすことはありませんでした。
おしまい
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