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      第 63話 
         
          
         
たらいに消えた老人 
京都府の民話 → 京都府の情報 
       むかしむかし、都のはずれに大きな大きな屋敷がありました。 
 その屋敷には陽成院(ようぜいいん)と言う名の身分の高い人が住んでいましたが、陽成院が亡くなってから屋敷があった場所に道がつくられ、道の北側は人の家がたくさんたち並びました。 
 しかし道の南側は家数も少なく、屋敷にあった池もそのままに残っていました。 
 やがてその南側の家々も荒れ果て、一人の男が住みつくようになりました。 
 
 ある夏の晩。 
 荒れた家に住み着いた男が縁側で寝ていると、 
 ピチャ! 
と、何やら冷たいものが顔をなでました。 
「ヒャー! 何だ何だ?」 
 男がびっくりして目を覚ますと、目の前に身長が三尺(さんじゃく→約九十センチ)ばかりの小さなしわだらけの老人がフワフワと空中に浮いているではありませんか。 
「なっ・・・」 
 男は恐くて、叫ぶ事も逃げる事も出来ません。 
 やがて老人はフワフワと飛びながら池の上に行くと、すっと消えてしまいました。 
「あれはきっと、池に住む魔物にちがいねえ」 
 男は怖くなって、屋敷から逃げ出しました。 
 
 さて、その話を知った若者たちが、池に住む魔物を捕まえようと屋敷に集まりました。 
 若者たちは手に縄を持って老人が現れるのを待ちましたが、老人はなかなか現れません。 
「せっかく来たのに、今日は出ねえのか」 
 若者たちは大きなあくびをすると、やがてうとうとと眠ってしまいました。 
 その時、ピチャ! と冷たい何かが若者たちの顔をなでました。 
 若者たちが飛び起きると、目の前に小さな老人がフワフワと浮かんでいます。 
「こいつだな! 捕まえろ!」 
 若者たちは老人に飛びかかると用意していた縄でしばりあげ、動けなくなった老人を木にくくりつけました。 
 若者たちが松明の明かりでその老人の顔を照らすと、老人は太陽でも見たかの様にまぶしそうに目をしょぼしょぼさせています。 
 服装は、薄黄色の立派なかみしもを着ていました。 
 若者の一人が、老人に言いました。 
「お前は何者だ! なぜ空を飛び、人の顔をなでる! 白状しないと命はないぞ!」 
 すると老人は、小さな声で答えました。、 
「白状する。今から正体を言うから、たらいに水をはって持ってきてくれ」 
 そこで若者がたらいに水をはって老人の前に置くと、老人はたらいにはった水をのぞき込むように首を伸ばして言いました。 
「わしは、水の精じゃ!」 
 そして老人は、たらいの水に飛び込んだのです。 
「きっ、消えた!」 
 若者たちがたらいの中を調べましたが老人の姿はなく、しばっていた縄だけが浮いていました。 
「あの老人は、水の精が老人の姿になって現れたものだろうか?」 
「分からんが、本当に水の精だったら、たらいではなく池に返してやろう」 
 若者たちは老人が消えたたらいの水をこぼさないように運んで、池に返してあげました。 
 
 その日から、あの老人が現れる事はありませんでした。 
      おしまい 
         
         
        
        
      
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