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第142話

サルスベリ

サルスベリ
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 むかしむかし、ある海辺の村に、貧しい家がありました。
 その家には美しい娘が、漁師のお父さんと二人で暮らしています。
 漁師のお父さんは、朝から晩まで小さな舟で一生懸命に働きますが、でも捕れる魚は少ししかありません。
 これでは魚を売ってお金にするどころか、娘と二人で食べる分にもなりません。
 なさけなくなったお父さんは、娘に言いました。
「ごめんよ。これだけしか捕れないで」
「いいのよ、お父さん。それよりお父さん、体には気をつけてね。病気になったりしては嫌よ」
 娘はそう言うと、ほんの少しの魚で夕ご飯のおかずを作るのでした。
 
 ある朝の事、娘は舟を出すお父さんをはげまそうとして言いました。
「お父さん。今日は、たくさん魚が捕れるような気がするわ。がんばってね」
「ああ、わかった。がんばってくるからな」
 お父さんは娘にやさしく微笑むと、いつものように舟をこいでいきました。
(がんばって、お父さん。たくさんの魚が捕れたら、余った魚を村の人に売って、そのお金で、タマゴを買いましょう。そしてお父さんに、お酒も少し買いましょう。・・・それでもお金が残っていたら、赤いくしを買いたいわ)
 やがて、夕方になりました。
 いつも舟が帰ってくる時間になっても、お父さんの舟は見えません。
「どうしたのかしら?」
 娘は浜辺に立って、舟が帰ってくるの待ちました。
 あたりは、だんだん暗くなっていきますが、舟はまだ戻りません。
「お父さん、魚がたくさん捕れるので、はりきり過ぎて遅くなっているのかしら?」
 娘は海に向かって、一人言を言いました。
 やがて日が暮れて、海は真っ暗になりました。
「お父さん、お父さん」
 心配になった娘は、丘の上に登りました。
 そして丘の上で枯れ木を集めると、海にいるお父さんから自分のいるところがわかるようにと、火をつけました。
 でもとうとう、その夜は、お父さんは帰ってきませんでした。
「お父さんの舟は、きっと風に吹かれて、どこか遠い沖の方に流されてしまったんだわ。でも、いつかは帰ってくるわ。きっと帰ってくるわ」
 こうして娘は、毎日、毎日、丘の上でお父さんの舟を待ちました。
 でもそのうちに食べる物がなくなって、娘はやせていきました。
 そして百日がすぎた朝、とうとう、娘は丘の上で死んでしまいました。
 それを知った村の人たちは、娘をかわいそうに思って丘の上にお墓をつくりました。
 すると次の年の夏、娘のお墓のわきに、村人の知らない小さな赤い花が咲いたのです。
 それは、百日紅(さるすべり)の花でした。

 百日紅は死んだ娘に代わって、今でもお父さんが帰ってくるのを待っているのです。

おしまい

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