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第212話

鼻から抜け出した魂

鼻から抜け出した魂
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 むかしむかし、あるところに、お坊さんとお坊さんに仕えている若者がいました。
 若者は寝るのが大好きで、いつもひまがあると寝てばかりいました。
「ああ、今度はどんな夢がみられるのかな? 楽しみだ」
 そう言っては、ぐうぐうと居眠りを始めます。
 そして目が覚めると、見た夢の話をお坊さんに話して聞かせるのでした。

 ある日の事、お坊さんが眠っている若者の顔をじっと見ていると、しばらくして一匹の小さな虫が若者の鼻に止まりました。
「ありゃ、変わった虫だな」
 お坊さんがランプを近づけてみると、小さな虫が若者の鼻の穴を出たり入ったりしています。
 鼻の穴から出て来た虫はオスらしく、若者のあごにとまっていた二匹のメスらしい虫をさそうと、三匹はそのまま若者の鼻の穴に入ってしまい、二度と出てきませんでした。

 次の朝、若者はいつもの様に、夢の話をしました。
「昨日の夢は、ぼくが森で、二人の女の子と仲良く遊んでいる夢でした」
 お坊さんは、その話が前の晩に見た虫たちの様子と、とてもよく似ていたので、
(ふむ。不思議な事もあるものだ)
と、思いました。
 その夜、お坊さんは、また若者の寝ている様子を見ていました。
 そして、若者の鼻の穴から出たり入ったりしている虫を見つけると、お坊さんは虫を素早く捕まえて、びんの中に放り込んでふたを閉めてから、若者をゆり起こしました。
「おい、今度はどんな夢を見たんだね?」
 ところが目を覚ました若者の顔はまっ青で、病人の様にふらふらして口もきけません。
 次の朝、若者の両親が息子を訪ねて来ましたが、若者を見ると驚いて言いました。
「おい、お前、しっかりしろ!」
 両親が若者に声をかけても、若者は何も答えません。
 困った両親は、森の奥に住んでいる魔法使いの所へ息子を連れて行きました。
「どうか、息子をお助け下さい。わけのわからない病気を治して下さい。もし、治して下さったら、ブタとニワトリを差し上げます」
 すると魔法使いは、両親に言いました。
「この病気は、お前たちの子どもの魂が、びんの中に閉じこめられているせいだ。魂さえ体に戻れば、すぐに元に戻るでしょう」
 魔法使いの話を聞いて、両親は急いでお坊さんのところから虫の入ったびんを持って戻りました。
 魔法使いは両親からびんを受け取ると、魔法の呪文を唱えました。
 たちまち、びんはカチッと音を立てて真っ二つに割れました。
 割れたびんの中から虫が飛び出すと、若者の鼻の穴に入っていきました。
 すると今までぐったりしていた若者は、顔色もすっかり良くなって立ち上がりました。
「あれ? ここはどこだい? ぼくは今まで、何をしていたんだろう?」
 それを見た魔法使いは、にっこり笑って言いました。
「よし、これで大丈夫。人は夢を見ている時、その人の魂が耳や鼻の穴から抜け出す事があるんだ。そして抜け出した魂が返ってこないと、その人は病気になってしまうんだ」

 それからは、お坊さんは寝ている若者の鼻から虫が出入りしているのを見つけても、何もしなくなりました。

おしまい

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