5月24日の日本の昔話
キツネと油あげ
東京都の民話
むかしむかし、江戸の上野の山の下にある見まわり役人の番所に、近くの屋敷で働く若い男が顔色を変えて飛び込んできました。
あいにく役人は見まわりに出たらしく、番所にはだれもいませんでしたが、若い男が帰ろうとするところへ役人がもどってきました。
「おや? 何かあったのか?」
と、たずねられて、若い男はこんなことを話しだしたのです。
「へい、へい。じつは昨日の晩、屋敷の者たちと上野の山へ花見に出かけたのです。あっしもお酒を飲んで、いい気持ちになりました。一人だけあとに残って、さて帰ろうとすると、林の中から出てきたお侍と道連れになったのです。お侍はかぜでもひいているのか、大きな音をたてて、何度も鼻をすすりあげておりましたが、急にあっしの方にむきなおると、『手打ちにいたす。覚悟!』と、いうのです。あっしはびっくりして、『人殺し。人殺し。助けてくれえー。』と、さけびながら、いまさっき山をかけおりて、この番所へ飛び込んできたのです」
役人は何といってよいか、だまっていました。
すると若い男は、急に着物のそでの中や、ふところに手を入れて何かを探しはじめました。
どうやらもらってきた花見のごちそうの残りが、全部なくなっているというのです。
「はて。ここへ走ってくる間に、どこかへ落としてきたかな?」
そのとき頭にうかんできたのは、あの侍の顔でした。
「ははーん、そうか。あのお侍は、キツネだったんだ。キツネがお侍に化けて、そでに入れておいたごちそうをねらったんだ。そうに違いない。なにしろあれは、おいしい油あげの料理だった。そうか、どうりで鼻をくんくんさせておると思ったよ。お役人さま、合点がいきました。おさわがせしました」
若い男は頭を下げて、番所を出ていこうとしました。
すると役人が、若い男の手をとってひきとめて言いました。
「ちょっと待て、お主に礼を言う。あの油あげは、本当にうまかった」
「へっ?」
若い男が振り返ると、役人はにやりと笑って、
「して、その侍の顔は、こんな顔だったかな?」
役人の顔は、みるみるキツネになりました。
びっくりした若い男は、
「うーん」
と、うなって、気絶してしまったという事です。
おしまい
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