きょうの日本昔話
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7月13日の日本の昔話

耳なし芳一

耳なし芳一

 むかしむかし、いまの下関(しものせき→山口県)に、阿弥陀寺(あみだじ→真言宗の寺)というお寺がありました。
 その寺に、芳一(ほういち)という、びわひきがおりました。
 芳一は、おさないころから目が不自由だったために、びわのひき語りをしこまれ、まだほんの若者ながら、その芸はししょうの和尚(おしょう→詳細)さんをしのぐほどになっていました。
 阿弥陀寺の和尚さんは、そんな芳一の才能(さいのう)を見こんで、寺にひきとったのでした。
 芳一は、源平(げんぺい)の物語を語るのがとくいで、とりわけ、壇ノ浦(だんのうら)の合戦のくだりのところでは、その真にせまった語り口に、だれ一人、なみだをさそわれないものはいなかったそうです。
 そのむかし、壇ノ浦で、源氏と平家の長いあらそいの、さいごの決戦がおこなわれ、戦いにやぶれた平家一門は、女や子どもにいたるまで、安徳天皇(あんとくてんのう)として知られている幼帝(ようてい)もろとも、ことごとく海の底にしずんでしまいました。
 この、悲しい平家のさいごの戦いを語ったものが、壇ノ浦の合戦のくだりなのです。
 ある、むしあつい夏の夜のことです。
 和尚さんが法事で出かけてしまったので、芳一は、一人でお寺にのこってびわのけいこをしておりました。
 そのとき、庭の草がサワサワと波のようにゆれて、えんがわにすわっている芳一の前でとまりました。
 そして、声がしました。
「芳一! 芳一!」
「はっ、はい。どなたさまでしょうか。わたしは目が見えませんもので」
 すると、声の主はこたえます。
「わしは、この近くにお住まいの、さる身分の高いお方の使いの者じゃ。殿が、そなたのびわと語りを聞いてみたいとおのぞみじゃ」
「えっ、わたしのびわを?」
「さよう、やかたへ案内するから、わしのあとについてまいれ」
 芳一は、身分の高いお方が、自分のびわを聞きたいとのぞんでおられると聞いて、すっかりうれしくなって、その使いの者についていきました。
 歩くたびに、ガシャツ、ガシャツと、音がして、使いの者は、よろいで身をかためている武者だとわかります。
 門をくぐり、広い庭をとおると、大きなやかたの中にとおされました。
 そこは大広間で、おおぜいの人が集まっているらしく、サラサラときぬずれの音や、よろいのふれあう音が聞こえていました。
 一人の女官(じょかん→宮中に仕える女性)がいいました。
「芳一や、さっそく、そなたのびわにあわせて、平家の物語を語ってくだされ」
「はい。長い物語ゆえ、いずれのくだりをお聞かせしたらよろしいのでしょうか?」
「・・・壇ノ浦のくだりを」
「かしこまりました」
 芳一は、びわを鳴らして語りはじめました。
 ろをあやつる音。
 ふねにあたってくだける波。
 弓鳴りの音。
 兵士たちのおたけびの声。
 息たえた武者が、海に落ちる音。
 これらのようすを、しずかにもの悲しく語りつづけます。
 大広間は、たちまちのうちに壇ノ浦の合戦場になってしまったかのようでした。
 やがて、平家の悲しいさいごのくだりになると、広間のあちこちから、むせびなきがおこり、芳一のびわが終わっても、しばらくはだれも口をきかず、シーンと、静まりかえっておりました。
 やがて、さっきの女官がいいました。
「殿もたいそうよろこんでおられます。よいものをおれいにくださるそうじゃ。されど、今夜より六日間、毎夜そなたのびわを聞きたいとおっしゃいます。あすの夜も、このやかたにまいられるように。それから寺へもどっても、このことはだれにも話してはならぬ、よろしいな」
「はい」
 つぎの日も、芳一はむかえにきた武者について、やかたにむかいました。
 しかし、昨日とおなじようにびわをひいて、寺にもどってきたところを、和尚さんに見つかってしまいました。
「芳一、いまごろまで、どこでなにをしていたんだね?」
「・・・・・・」
 和尚さんがいくらたずねても、芳一はやくそくを守って、ひとことも話しませんでした。
 和尚さんは、芳一がなにもいわないのは、なにか深いわけがあるにちがいないと思いました。
 そこで寺男(てらおとこ→寺の雑用係)たちに、芳一が出かけるようなことがあったら、そっとあとをつけるようにいっておいたのです。
 そして、また夜になりました。
 雨がはげしくふっています。
 それでも、芳一は寺を出ていきます。
 寺男たちは、そっと芳一のあとを追いかけました。
 ところが、目が見えないはずの芳一の足は意外にはやく、やみ夜にかき消されるように、すがたが見えなくなってしまったのです。
「どこへいったんだ?」
と、あちこちさがしまわった寺男たちは、墓地へやってきました。
 ビカッ!
 いなびかりで、雨にぬれた墓石がうかびあがります。
「あっ、あそこに!」
 寺男たちは、おどろきのあまり立ちすくみました。
 雨でずぶぬれになった芳一が、安徳天皇の墓の前でびわをひいているのです。
 その芳一のまわりを、無数の鬼火がとりかこんでいます。
 寺男たちは、芳一が亡霊(ぼうれい→詳細)にとりつかれているにちがいないと、力まかせに寺へつれもどしました。
 そのできごとを聞いた和尚さんは、芳一を亡霊から守るために、まよけのまじないをすることにしました。
 そのまよけとは、芳一の体じゅうに経文(きょうもん)をかきつけるのです。
「芳一、おまえの人なみはずれた芸が、亡霊をよぶことになってしまったようじゃ。無念のなみだをのんで海にしずんでいった平家一族のな。よく聞け。今夜はだれかがよびにきても、けっして口をきいてはならんぞ。亡霊にしたがった者は命をとられる。しっかり座禅を組んで、身じろぎひとつせぬことじゃ。もし返事をしたり声をだせば、おまえはこんどこそ、ころされてしまうじゃろう。わかったな」
 和尚さんはそういって、村のお通夜に出かけてしまいました。
 芳一が座禅(ざぜん)をしていると、いつものように亡霊の声がよびかけます。
「芳一、芳一、むかえにまいったぞ」
 でも、芳一の声もすがたもありません。
 亡霊は、寺の中へ入ってきました。
「ふむ。・・・びわはあるが、ひき手はおらんな」
 あたりを見まわした亡霊は、ちゅうにういている二つの耳を見つけました。
「なるほど、和尚のしわざだな。さすがのわしでも、これでは手が出せぬ。しかたない、せめてこの耳を持ち帰って、芳一をよびにいったあかしとせねばなるまい」
 亡霊は芳一の耳に手をかけると、
 バリッ!
 その耳をもぎとって、帰っていきました。
 そのあいだ、芳一はジッと座禅を組んだままでした。
 寺にもどった和尚さんは、芳一のようすを見ようと、大いそぎで芳一のいるざしきへかけこみました。
「芳一! ぶじだったか!」
 じっと座禅を組んだままの芳一でしたが、その両の耳はなく、耳のあったところからは血が流れています。
「お、おまえ、その耳は・・・」
 和尚さんには、すべてのことがわかりました。
「そうであったか。耳に経文を書きわすれたとは、気がつかなかった。なんと、かわいそうなことをしたものよ。よしよし、よい医者をたのんで、すぐにもきずの手当てをしてもらうとしよう」
 芳一は両耳をとられてしまいましだが、それからはもう、亡霊につきまとわれることもなく、医者の手当てのおかげで、きずもなおっていきました。
 やがて、この話は口から口へとつたわり、芳一のびわはますますひょうばんになっていきました。
 びわ法師の芳一は、いつしか「耳なし芳一」とよばれるようになり、その名を知らない人はいないほど、ゆうめいになったということです。

おしまい

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