7月21日の日本の昔話
麦の粉
吉四六(きっちょむ)さん
むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。
ある時、吉四六さんは町へ野菜を売りに行きましたが、どうしたわけか、その日はなかなか売れません。
「野菜はいりませんか? 取り立てのこまつ菜に、ほうれん草もありますよ」
すると吉四六さんに、声を掛ける者がありました。
「おーい、吉四六さん、吉四六さん」
見ると、顔見知りの粉屋の主人です。
「はい。何か用ですか?」
「実はその野菜を、全部買ってやろうと思ってな」
「へい、それはどうも、ありがとうございます」
「ただし、買うといってもお金じゃない。麦の粉と交換してもらいたいのだが」
「いいですよ。ところで麦の粉は、どれほどありますか?」
「待て待て、それには、こちらから注文がある。もしお前さんが、その野菜を入れてあるざるに、紙も布も木の葉もしかずに、麦の粉がもらぬようにかついでいけたら、両方のざるにいっぱいやろう」
それを聞いた吉四六さんは、粉屋の主人がとんち勝負をしようとしているのがわかりました。
(なるほど、とんち勝負なら受けてやろう)
吉四六さんには望むところですが、穴のたくさん開いているざるで粉を運ぶのは、かなりの難問です。
「はっはっはっ。どうだね吉四六さん、さすがのあんたでも、これには参っただろう」
粉屋の主人は得意そうですが、でも吉四六さんは、しばらく考えるとニッコリ笑いました。
「へい、ではこぼれぬように、いただいてまいります。ちょっと、井戸を借りますよ」
吉四六さんは空になった両方のざるを持って井戸に行くと、それに水をかけて帰って来ました。
「さあ、今からこのざるに、粉を入れますね」
「えっ? そんな事をしたら、粉がこぼれて」
粉屋の主人が不思議そうな顔をしている前で、吉四六さんは濡れたざるに麦の粉を山盛りに入れました。
そして吉四六さんがてんびん棒の両端にざるを引っかけて持ち上げると、ざるからは一粒の粉ももれません。
「こりゃまた、どういう事だ?」
頭を傾げる主人に、吉四六さんは説明しました。
「こうしてざるを濡らしてから粉を入れると、うまい具合に底の方の粉が固まって、ざるの目をふさいでくれるのです。それに今、ざるを良く洗ってきたから、ざるの目に詰まった分も乾かせばそのまま使えます」
「なるほど」
「では、粉をありがとうさんでした」
そう言って帰ろうとする吉四六さんを、粉屋の主人があわてて引き止めました。
「ま、待ってくれ! 麦の粉をざるいっぱい持って行かれては大損だ! 野菜は倍の値段で買うから、粉を返してくれ」
吉四六さんは、心の中でニンマリ笑うと、
(それは助かった。こんなに重い粉を持って帰るのは、一苦労だからな)
と、思いつつも、粉屋の主人には、いかにも仕方ないという顔で言いました。
「やれやれ、それでは野菜が全部で五十文なので、倍の百文もらいますよ」
こうして吉四六さんは空のざるをかついで、ほくほく顔で帰って行きました。
おしまい
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