7月25日の日本の昔話
弘法の衣(弘法大師)
山梨県の民話
むかしむかし、あるところに、外見だけで人を判断する、とても心のせまい主人がいました。
この主人の家に、みすぼらしい姿のお坊さんが、托鉢(たくはつ)にやって来たのです。
お坊さんが主人の大きな家の前に立って鐘を鳴らしてお経を読み始めると、家の中から主人が出て来て、お坊さんの姿をじろりと見て言いました。
「ふん、乞食坊主(こじきぼうず)が。いくらお経を読んでも、お前みたいな汚らしい奴にやる物はないぞ。とっとと出て行け!」
「・・・・・・」
そこでお坊さんは黙って頭を下げると、そのまま立ち去ったのです。
さて次の日、同じ家に今度は立派な袈裟衣(けさごろも)を着たお坊さんが立って、鐘を鳴らしてお経を読み始めたのです。
すると、それを見た家の主人はびっくりして、
「これはこれは、お坊さま。あなたの様な立派なお方が、こんなところではもったいのうございます。ささ、どうぞ家に上って下され」
と、お坊さんを家の中に通したのです。
そして主人は家の者に山の様なぼた餅を用意させると、お坊さんの前に差し出しました。
「ささ、大した物は用意出来ませんが、どうぞ、お召し上がり下さい」
すると、お坊さんは、
「これはこれは、どうもご親切に」
と、言いながら、そのぼた餅を手に取って、キラキラと光る袈裟衣へ、ベタベタとなすりつけたのです。
それを見た主人は、びっくりして言いました。
「お坊さま。せっかくのぼた餅を何ともったいない。その上、その立派なお衣まで汚されてしまうとは」
するとお坊さんは、すました顔で言いました。
「ご主人は、覚えていないかもしれませんが、わしが昨日来た時、あなたはわしのみすぼらしい姿を見て、わしを追い返されました。
そして今日は、わしのこの衣を見て、この様にごちそうまでしてくださる。
昨日のわしも、今日のわしも、同じわしじゃ。
違うのは、身にまとうている衣だけ。
と、すると、家に上げてぼた餅をくれたのは、中身のわしではなくて、わしが着ているこの衣ではないのか?
そこでわしは、このぼた餅を口には入れずに、ごちそうしてくださった衣に食わせてやったのじゃ。
では、これにて失礼する」
お坊さんはそう言うと、そのまま旅に出てしまいました。
後になって家の主人は、このお坊さんが有名な弘法大師だった事を知ると、自分のした事を深く反省して、それからは誰にでもやさしく接する、とてもやさしい主人になったと言うことです。
おしまい
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