7月30日の日本の昔話
鏡の中の親父
むかしむかし、田舎(いなか)では、カガミというものをほとんど知らなかったころの話です。
ある村に若夫婦が、夫の父親と三人でなかよくくらしていました。
ところがある日のこと、父親は急な病で死んでしまったのです。
大好きな父親に死なれた息子は、毎日毎日、涙にくれていたそうです。
さて、ある日のこと、その息子は気ばらしにと、江戸の町へ出かけました。
町中を歩いていると、店先においてあったカガミが、ピカッと光ります。
「おや、今のはなんだろう?」
息子は、ピカッと光ったカガミをのぞいてみてビックリ。
「なんと、死んだ親父に、こんなところで会えるとは!」
自分の顔を父親と勘違いした息子は、なけなしのお金をはたいて、そのカガミを買いました。
そしてそれを大事にしまうと、ひまさえあればのぞき込んでいました。
そんな夫の行動をふしぎに思った女房は、夫が昼寝(ひるね)をしているすきに、かくしているカガミをこっそりのぞきこみました。
カガミの中には、とうぜん、女房の顔がうつります。
しかし、それを見た女房は、血相(けっそう)を変えると、
「なんとまあ! こんなところにおなごをかくしておるとは、それもあんなブサイクなおなごを!」
女房は腹をたてて、大切なカガミをこわしてしまいました。
「さあ、ブサイク女。よくもあたしからあの人をうばいやがって、はやく出てこい!」
こわれたカガミをひっくり返してみましたが、もちろん、だれも出てはきません。
「ちくしょう。にげたな!」
女房は、気持ちよさそうに昼寝をしていた夫をたたき起こすと、こわい顔でいいました。
「あんた! わたしにだまって、あんな所へおなごをかくしておるとは、どういうこと!」
「おなご? ・・・ああっ! なんということをしてくれた。あれには、わしの親父が入っておったのに!」
「うそおっしゃい。ブサイクなおなごじゃったよ」
「なにをいう。わしの親父だ!」
そんなわけで、夫婦の大げんかが始まりました。
ちょうどそこへ、村いちばんの物知りの庄屋(しょうや→詳細)さんが通りかかりました。
「まあまあ、なにをけんかしておる。わしに話してみろ」
そして、二人の話をきいた庄屋さんは大笑いです。
「なんじゃ、そんなことか。それはな、カガミといって、自分の姿がうつる物じゃ。亭主が見た親父さんは自分の顔じゃ。そして、女房が見たおなごも、自分の顔じゃ」
庄屋さんの説明に、夫も女房も大笑いしました。
「なるほど、親父にしては、わかいと思った」
「あたしも、どうりで、美人なおなごと思った」
おしまい
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