8月6日の日本の昔話
若者になったおじいさん
群馬県の民話
むかしむかし、あるところに、おじいさんがいました。
毎日、山へ出かけては、鳥や動物を捕まえていました。
ある日の事、おじいさんは鳥を追いかけているうちに、道にまよってしまいました。
すると一匹のカモシカがあらわれて、おじいさんの方に背中を向けます。
「おや? わしに乗れというのだな」
おじいさんが喜んで乗ると、カモシカは風のようにかけだして、あっというまに立派な御殿につきました。
すると中から、美しい娘さんが出てきて、
「お待ちしていました。さあさあ、こちらへ」
と、言って、おじいさんを風呂場に案内したのです。
その風呂は、まるで殿さまが入るような立派な物で、ちょうどよい湯かげんです。
そしておじいさんがお湯に入って、顔や体を洗うとどうでしょう。
しわしわの皮がぺろんと取れて、つやつやした肌になったではありませんか。
「おおっ、なんだか急に元気が出てきたぞ」
風呂から出て新しい着物を着せてもらったおじいさんは、すっかり若者の姿にかわっていたのです。
部屋に案内された若者は、またまた目をまるくしました。
金と銀で出来た部屋は、まばゆいほどに光り輝き、部屋のまん中には山のようなごちそうがならんでいます。
「さあ、どうぞめしあがれ」
若者がごちそうを食べていると、娘さんが琴をひいてくれました。
「まるで、ゆめを見ているみたいだ」
さあ、そんな日が何日も続いたある日の事。
娘さんが若者に、小さい箱をわたして言いました。
「あなたのそばにいたくて、いままでがまんしてきましたが、今日はどうしても出かけなくてはなりません。この箱には、桜とスミレと梅の形のかぎが入っています。どんな事があっても、梅のかぎだけは使わないでください」
「わかった。どのかぎも使わないよ」
若者が約束したので、娘さんは安心して出かけて行きました。
若者は一人ぼっちになると、さびしくてたまりません。
そこで今まで入ったことのない部屋の前に行き、桜の形のかぎをさしこみました。
すると、どうでしょう。
部屋の中から、あたたかい春の風がふいてきました。
中へ入ると、タンポポや桜草などが一面に咲いていて、その中に一匹の馬がいました。
その馬に乗ってみると、桜の木が何百本とはえているところへ連れて行ってくれました。
どの木にも、満開の花が咲いています。
「なんてきれいなんだ」
若者は夕方まで、お花見をしてもどると、部屋のとびらをしめました。
次の日、スミレの形のかぎで部屋を開けると、今度はスミレの咲いている野原にかわっていました。
小鳥たちが楽しそうに飛び回っていて、若者は時間のたつのもわすれて、夕方まで小鳥をながめていました。
さてその次の日、若者は梅の形のかぎをにぎったまま、部屋の前を行ったりきたりしていました。
「梅のかぎだけは使わないでくれと言っていたが、梅のかぎを使うとどうなるのだろう? きっと、今まで以上に素晴らしいのだろうな」
若者はどうしてもがまん出来ず、とうとう娘さんとの約束をやぶって、そのかぎで部屋を開けました。
すると、どうでしょう。
昨日とはまるでちがい、枯れ木ばかりが風にゆれています。
するとその時、二匹の白ギツネが飛び込んできて、若者にたずねました。
「わたしたちの娘が、この部屋に入ったきり、もう何年も出てきません。娘に会いませんでしたか?」
「いいや、キツネなんかには・・・。まさか、あの美しい娘さんがキツネか?」
若者がびっくりしていると、そこへ娘さんがもどってきました。
「どうして、約束を守ってくれなかったのですか。・・・残念ですが、もうお別れです」
娘さんは若者に、おみやげの箱をわたすと、ぱっと白ギツネの姿にかわり、二匹の白ギツネと一緒にかけて行きました。
気がつくと若者は箱をかかえたまま、山の中の草むらに立っていました。
「なんじゃ? ゆめだったのか? ・・・いや、ゆめじゃない証拠に、おみやげの箱があるぞ」
若者が箱のふたをとると、中からしわだらけの皮が飛び出してきて、若者の体にペタリと張り付きました。
すると若者は、元通りのおじいさんにもどってしまいました。
おしまい
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