10月29日の日本の昔話
右手を出した観音像
むかしむかし、ある山の中に恐ろしい山姥(やまんば→詳細)が住んでいました。
この山姥は、いつも赤ん坊の泣きまねをして歩きます。
(おや、赤ん坊が泣いているぞ)
そう思って泣き声の方に近づいていくと、いきなり姿を現し、その人を食べてしまうのです。
だから、だれもこわがって、この山へ行く者はいませんでした。
ところが、山のふもとの村に、卯平太(うへいた)という力持ちの男がいて、
「山姥ぐらい、おらが退治してやる」
と、一人で山へ登っていきました。
すると、どこからともなく赤ん坊の泣く声がします。
いそいで泣き声のする方へ行ってみると、おばあさんが立っていました。
「どうして、こんなところにいる?」
「はあ、村へ帰る途中、道に迷ってしまって」
おばあさんは、さもこまったように首をふりました。
(ははん、こいつは山姥だな)
卯平太は、なにくわぬ顔でいいました。
「そんなら、おらが村までおぶってやる」
「そいつはありがたい」
山姥はニヤッと笑うと、卯平太の背中におぶさりました。
卯平太は、ふところから帯を出して山姥を背中にくくりつけると、その両手をぎゅっとにぎりしめました。
「さあ、いくぞ!」
卯平太は、山姥を背おったまま、ドンドン山をくだっていきます。
両手をしっかりとにぎられているので、山姥はなにもできません。
山の下まで来たとき、山姥がさけびました。
「おろしてくれ。手をはなしてくれ!」
それでも卯平太は、
「いやいや、村はまだ遠い」
と、いって、どんどん走り、自分の家までつれていきました。
そして家にとびこむなり、戸や窓をしっかりとしめ、いろりの火を大きくしました。
それから、帯をほどいて山姥を下へおろすやいなや、いろりの中へつきとばしました。
「あち、あち、あちちちち!」
山姥は、あわてていろりをとびだして、家の中を逃げまわりました。
「山姥め、もう逃がしはしないぞ!」
卯平太がとびかかろうとしたとたん、山姥の姿が消えました。
ところが、ふと仏壇(ぶつだん)を見ると、いつのまにか観音像(かんのんぞう)が二つにふえています。
(山姥め、観音像に化けおったな)
でも、どっちが山姥の化けた観音像かわかりません。
しばらく考えていた卯平太は、わざと大声で、
「そうだ。観音さまにアズキご飯をそなえるのを忘れていた。うちの観音さまはふしぎな観音さまで、アズキご飯をそなえると、ニッコリ笑って右手を出すからな」
と、いいながら、台所からアズキご飯を皿に入れてきて、仏壇にそなえます。
すると、どうでしょう。
観音像のひとつが、ニッコリ笑って右手を出したのです。
「ばかめ!」
卯平太は、その右手をつかむなり、力いっぱい投げつけました。
観音像はみるみる山姥の姿になって、腰をさすりながら立ちあがろうとします。
「いままで、よくも人を食ったな!」
卯平太は鉄の棒でふりあげると、山姥をやっつけました。
それからは、村の人たちは安心して山へ行くようになったということです。
おしまい
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