1月11日の百物語
お松ばあさん
東京都の民話
むかしむかし、江戸(えど→東京都)のはずれの村へ、どこからか一人のおばあさんがやって来ました。
頭はぼさぼさで顔はしわだらけですが、目だけがトラの様にギラギラと光っています。
おばあさんの名前は、お松といいますが、なぜこの村へやって来たのか誰にもわかりません。
お松ばあさんは、いつも巡礼(じゅんれい)の姿で鈴を鳴らしながら、家々の戸口に立ってはお経らしいものを唱えてお米や味噌をもらっていました。
秋になり、近くの村々で豊年祭りがさかんになると、祝言(しゅくげん→結婚式)が増えてきます。
「今年も、嫁入りの季節になったな」
「あそこの娘さんの嫁ぎ先は、大した金持ちだそうだ」
「ほう。そいつはめでたい」
村人たちは花嫁行列が通るたびに、家を出てお祝いをしました。
さて、村一番の器量よし(きりょうよし→美人)の娘が、隣村の庄屋(しょうや)へ嫁入りをする事になりました。
大勢の人々に囲まれながら美しい花嫁が恥ずかしそうにうつむいて、お松ばあさんのほったて小屋の前を通りかかった時です。
小屋から飛び出して来たお松ばあさんは、いきなり花嫁に襲いかかると、その花嫁の着物を引きはがしました。
「な、なにをする!」
そばにいた人が、あわててお松ばあさんを取り押さえ様としたのですが、お松ばあさんは年寄りとは思えない力でそれを振りほどくと、奪い取った花嫁衣装をめちゃめちゃに引き裂いたのです。
「ひっひひひ・・・」
お松ばあさんは引き裂いた花嫁衣装を放り投げると、さっさと小屋の中へと戻りました。
突然の出来事に行列の人も見物の人もびっくりしてしまい、どうして良いかわかりません。
「あのばあさん、気でも違ったか!」
「よりにもよって、花嫁を襲うなんて!」
みんなは口々に叫びましたが、でも、お松ばあさんが気味悪くて文句を言いに行く人はいませんでした。
それにしても、花嫁がお松ばあさんに襲われるなんて縁起でもありません。
そこで両方の家で話し合った結果、この祝言は無かった事になったのです。
するとそれを知ってか知らずか、それからもお松ばあさんは次々と花嫁行列に襲いかかり、花嫁衣装を奪っては引き裂いてしまいます。
その為、多くの花嫁行列が、わざわざ遠回りをして、お松ばあさんのほったて小屋の前を通らない様にしたり、嫁ぎ先へ行ってから祝言の準備をする様になりました。
ある日の事、さすがのお松ばあさんも年には勝てず、突然死んでしまいました。
これを喜んだ村人たちは、お松ばあさんの葬式もせずに、すぐに墓へうめてしまいました。
「やれやれ。これで安心して、花嫁行列が通れるぞ」
こうして今まで通り、花嫁行列が死んだお松ばあさんのほったて小屋の前を通った時です。
何と幽霊になって化けて出たお松ばあさんが、ほったて小屋から飛び出して花嫁を捕まえると、
「その着物を寄こせ!」
と、叫んだのです。
「これは、お松ばあさんのたたりに違いない!」
「葬式もしないで墓にうめたから、幽霊になってさまよっているのだ!」
そこで村人たちは、お松ばあさんの小屋をこわした後に石のほこらをたてて、お松ばあさんを供養(くよう)したのです。
するとそれからは、お松ばあさんの幽霊は出なくなったという事です。
おしまい