1月17日の百物語
千匹オオカミ
山梨県の民話
むかしむかし、甲斐の国(かいのくに→山梨県)に、呉服(ごふく)を売る商人がいました。
静岡の方へ行っての帰り道、富士山のふもとの原っぱを通っているところで日が暮れてしまいました。
「まずいな。こんな何もないところで、オオカミでも出て来たら大変だ」
そう言っているところへ、
ウォーーーーン!
と、遠くからオオカミの遠吠えが聞こえてきたのです。
「いよいよ大変だ! 遠吠えが近づいてきた」
商人があわてて辺りを見回すと、近くに一本の高い木がありました。
「あれだ!」
商人は木の所へかけていき、すぐに登りました。
「やれ、やれ。これで大丈夫だ」
いくらオオカミでも、ここまでは登って来られないでしょう。
間もなく、オオカミたちが木の下に集まって来ました。
ウォー! ウォー!
オオカミたちは恐ろしい声で吠えますが、どうやっても木の上の商人を襲う事は出来ません。
すると一匹のオオカミが、人間の言葉で仲間に言いました。
「このままでは駄目だ。孫太郎ばあさんを呼んで来て、良い手を考えてもらおう」
「そうだ。そうだ」
「よし、おれが呼びに行こう」
一匹のオオカミがどこかへと走って行き、やがて年寄りの大ネコを連れて来ました。
「孫太郎ばあさん、一つ頼みます。人間が木の上に登ってしまい、おれたちではどうにもならんのです」
すると、孫太郎ばあさんと呼ばれた大ネコが言いました。
「ふーん。これは犬ばしごをかけるしか、手がないね」
「なるほど、その手があったか。よし、さっそく犬ばしごをかけるぞ」
まず、一匹のオオカミがしゃがみました。
そしてその上へ、一匹のオオカミが登りました。
そのまた上へ、もう一匹が登りました。
こうしてオオカミたちは何匹も順々に登っていき、ついに商人の足元までたどりついたのです。
「わわわぁっ、何てオオカミだ」
商人は、もっと上へ登ろうと思うのですが、上には何か巣(す)の様な物があって頭につかえます。
ハチの巣なのか、鳥の巣なのか、とにかく大きな物です。
「たとえハチの巣であろうとも、払いのけて上へ登らないと」
そこで商人は腰に差していた短い刀を抜いて、その巣にブスリと突き刺しました。
ところがおどろいた事に、それはクマのお尻だったのです。
何とクマが木に巣をつくって、そこで寝ていたのです。
お尻を刺されておどろいたクマは木の下へ転がり落ちると、全速力で逃げ出しました。
これを見たオオカミたちは、すぐに逃げたクマに襲いかかりました。
「それ、人間をやっつけろ!」
ですが相手はクマなので、とてもオオカミではかないません。
次から次へとやっつけられたオオカミたちは、
「この人間は、なんて強いんだろう。とても、かなわん」
と、孫太郎ネコと一緒に、どこかへ逃げてしまいました。
間もなく、夜が明けました。
商人は、恐る恐る木から降りて来ると、
「ああ、怖かった。怖かった」
と、甲斐の国へ帰って行きました。
おしまい
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