2月2日の百物語
渡辺綱(わたなべのつな)と酒呑童子(しゅてんどうじ)
京都府の民話
むかしむかし、あるところに、酒呑童子(しゅてんどうじ)という若者がいました。
酒呑童子は誰もが、ほれぼれする様な色男で、毎日毎日、女の人から想いを寄せる手紙が束になって届きました。
「好きです。わたしと結婚してください」
「お願いです。わたしと結婚してください」
「家はお金持ちです。お金をあげますから、結婚してください」
どの手紙にも、その様な事が書いてあるので、酒呑童子は手紙を開けようともしません。
かといって捨てるわけにもいかず、酒呑童子は手紙をからびつという箱に入れておきました。
けれどある時、からびつがいっぱいになったので思い切って燃やしてしまおうと手紙に火を付けたのですが、手紙に込めた大勢の女の人の気持ちが白い煙となって酒呑童子を包み込んだのです。
すると、あれほどりりしくととのった顔が、みるみるうちに鬼の様な顔に変わって、頭からは角まで生えてきました。
「何と言う事だ。
女たちのうらみで、鬼にされてしまった。
こんな顔では、村のみんなも恐ろしがる事だろう」
村を出た酒呑童子は丹波の国(たんばのくに→京都府)の大江山(おおえやま)に隠れ住み、そして大江山に住む鬼たちの大将になったのです。
顔だけでなく心まで鬼になった酒呑童子は、京の都に出かけて侍を襲ったり、お姫さまをさらったりの悪行を重ねました。
そしてそれを知った帝(みかど)が、渡辺綱(わたなべのつな)という強い侍に酒呑童子退治を命じたのです。
綱(つな)が羅生門(らしょうもん)へ行くと、待ち伏せていた酒呑童子が、いきなり太い腕で綱をつかみあげました。
「グワグワグワーァ! おれを退治に来るとは、生意気な!」
酒呑童子の怪力に綱はもがきながらも、その右腕を刀で切り落としました。
「ウギャーーー!」
腕を切られた酒呑童子が大江山へ逃げかえったので、綱は切り落とした腕を屋敷へ持ち帰って石のからびつに隠しました。
それから数日後、綱の屋敷に片腕のおばあさんがやって来て、
「鬼の腕があるそうだが、ちょっと、見せてもらえんかのう?」
と、頼んだのです。
(酒呑童子と同じ片腕とは)
おばあさんを怪しんだ綱が断ると、おばあさんは涙を流しながら訴えました。
「実は、わしの娘は鬼にさらわれたのじゃ。
それに鬼は、娘を守ろうとしたわしの右腕も。
だからぜひとも、かたきの腕を見ておきたいのじゃ」
「・・・そうでしたか」
心を動かされた綱は鬼の右腕を取り出すと、おばあさんに見せてやりました。
「これが、娘さんのかたきの腕です」
するとおばあさんは、その腕をすばやく自分の右腕につけて、たちまち鬼の正体を現しました。
「グワグワグワーァ! これで腕は元通りだ。これからは、もっと暴れてやるぞ!」
酒呑童子はそう言い残すと、飛ぶ様にして大江山へ帰って行きました。
「しまった! 酒呑童子がおばあさんに化けてくるとは。こうしてはおられん」
綱はさっそく、この事を帝に知らせました。
すると帝は都で一番強いと言われる源頼光(みなもとのよりみつ)を呼んで、大江山の鬼退治を命じました。
頼光(よりみつ)は渡辺綱(わたなべのつな)をはじめ、卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいさだみつ)、坂田金時(さかたのきんとき→金太郎)たちを家来にして大江山へ乗り込んで行きました。
そしてようやく酒呑童子の岩屋にたどりついた頼光たちは、山伏(やまぶし)の姿に変装すると、
「わしらも、鬼の仲間にしてくれ。土産に、うまい酒を持って来たから」
と、見張りの鬼をうまくだまして、岩屋に入り込みました。
この土産のお酒は『神便鬼毒酒(じんべんきどくしゅ)』と呼ばれる不思議なお酒で、人が飲んだら力が五倍になり、鬼が飲んだら体がしびれて動けなくなるのです。
そうとは知らずに酒を飲んだ鬼たちは、次々に体がしびれて動けなくなりました。
ようやく山伏の正体に気づいた酒呑童子は、
「おのれ! 毒を使うとは、鬼にもおとるひきょう者め!」
と、頼光たちに襲いかかりましたが、酒呑童子も酒を飲んでいた為に体が動かず、新羅三郎(しらんさぶろう)の刀で首をきられてしまいました。
ところがその首が空中を飛んで、くるっと向きを変えたかと思うと、歯をむき出した恐ろしい顔で新羅三郎のかぶとに噛みついたのです。
新羅三郎のかぶとは八枚かぶとといって、おおいが八枚もありました。
酒呑童子の首は、そのうちの七枚までを食い破ったのですが、あと一枚がどうしても食い破れません。
そこで酒呑童子の首はもう一度空中に飛ぶと、頼光らに言いました。
「今回はおれの負けだが、いつか必ず仕返しをしてやるぞ!」
そして酒呑童子の首は、空高くに消えていきました。
酒呑童子には逃げられましたが、頼光らは大江山の鬼たちを退治して、京の都に平和をもたらしたのです。
おしまい