2月5日の百物語
牢の中の娘
東京都の民話
むかしむかし、両国橋(りょうごくばし)のたもとに、一人の娘が倒れていました。
娘の服装からすると、どうやら旅の巡礼(じゅんれい→聖地・霊場を参拝してまわる事)の様です。
道行く人々は倒れている娘の方を横目でちらりと見ますが、みんなは足を止めようともせずに通り過ぎるばかりでした。
さて、それから時間が過ぎて日が暮れかかろうとしている頃、荷物を背負った若い商人が娘に気づいて立ち止まりました。
娘の顔を見てみると、ひどくやせこけていましたが、ほっそりとした顔立ちにはどことなく品がありました。
「これは、ひもじゅうて歩けんのじゃな」
若い商人は直吉(なおきち)と言う名前の貧しい小問物商人(こまものしょうにん→化粧品など、こまごましたもの扱う商人)で、小さな頃からひもじいおもいをしてきたので、娘がひもじくて動けないのが一目でわかったのです。
直吉は娘をかわいそうに思い、自分の長屋(ながや)へ娘を連れて帰りました。
そして少しだけ残っていたお米でおかゆを作ると、娘に食べさせようとしました。
ですが娘はとても弱っていたので、ひと口だけおかゆをすすると小さな声で、
「・・・ありがとう」
と、言って、そのまま死んでしまったのです。
「すまんかったな。もっと早くに見つけていれば」
直吉は娘の為に涙を流すと、一生懸命に貯めた貯金をみんな使って、何とか娘の葬式(そうしき)を出してやりました。
でもそのおかげで食べる物を買えなくなった直吉は、何日も何日もひもじい思いをしなければなりませんでした。
そんなある朝、直吉が起きてみると、何と朝ご飯の支度が出来ていたのです。
「これは一体?」
ご飯の支度がしてあった理由はわかりませんが、何日も米粒一つ食べていない直吉はありがたく朝ご飯を頂きました。
そんな事が何日も続いたある日、町にこんなうわさが広がりました。
巡礼姿の娘の幽霊(ゆうれい)が米屋や八百屋(やおや)や魚屋に現れ、幽霊が出たあとは必ず店の品物が少しずつなくなっているというのです。
そして幽霊の後をつけた米屋の主人が、幽霊が直吉の家に入っていったのを見たのです。
米屋の主人はすぐに、その事を役人に訴え出ました。
「きっと直吉が幽霊を使って、盗みを働かせているに違いない」
そこで直吉は役人に捕まって、きびしい取調べを受ける事になりました。
「その方は幽霊を使って盗みを働く妖術(ようじゅつ)使いだそうだが、まこと、それに相違ないか?」
「いいえ、とんでもございません! 何でこのわたくしに、その様な恐ろしい妖術などが使えましょう」
「だまれ! 町の者が、さように申しておるぞ。そちは世をみだす、にっくき奴じゃ。重いお仕置きを受けるがよい」
こうして直吉は罰(ばつ)として、何日も何日も一人だけの暗い牢屋(ろうや)に放り込まれてしまいました。
その時に見張りの役人は、牢屋の中の直吉の隣に巡礼(じゅんれい)姿の美しい娘が寄り添うように座っているのを何度も見かけたと言う事です。
おしまい