2月6日の百物語
げたの化け物
むかしむかし、ある町に、はきものをそまつにする家がありました。
この家のおかみさんが、ちょっとでもげたの歯が欠けたり、はなおが切れたりすると、すぐにはきものを捨ててしまうのです。
だから主人も子どもも、いつも新しいはきものをはいていました。
ある晩の事、女中さんが一人で起きて縫い物をしていると、表の方から、
♪からこん、からこん
♪穴が三つに、歯が二つ
と、歌いながら、誰かがやって来るのです。
「あら? こんな夜中に、おかしな歌を歌う人もいるものね」
女中さんが戸のすきまから、そっと外をのぞいてみましたが、誰もいません。
ところがしばらくすると、また、
♪からこん、からこん
♪穴が三つに、歯が二つ
と、言う歌声と一緒に、げたを鳴らす音まで聞こえて来るのです。
「もしかして、化け物?!」
女中さんは怖くて怖くて、朝まで一睡も出来ませんでした。
やがて夜が明けておかみさんが起きてくると、女中さんはさっそくゆうべの出来事を話しました。
すると、おかみさんは、
「あははは。何を馬鹿な事を言っているんだい。おおかた、夢でも見ていたんだろう」
と、女中さんがいくら説明しても信じてくれません。
「夢ではありません。本当なんです。うそだと思うなら、今夜わたしの部屋に来てください」
「はいはい、わかった。そんなに言うのなら、今夜、お前の部屋に行ってあげるよ」
その晩、おかみさんは女中さんの部屋に行きましたが、いつまでたっても変わった事がありません。
「ほらね、こんな事だろうと思ったよ。さあ、そろそろ休むとしようかね」
おかみさんが部屋を出ようとすると、誰かが歩いてくる音がしました。
♪からこん、からこん
♪穴が三つに、歯が二つ
「あれま、本当に、お前の言う通りだね」
でもおかみさんは気の強い女の人なので、女中さんの様に怖がったりはしません。
「どれ、わたしが正体を見届けてやるよ」
そう言って、細く戸を開けました。
すると、どうでしょう。
大きなげたの化け物が、おかみさんが昨日捨てたばかりのげたを手に持って、歌いながら表を歩き回っているではありませんか。
♪からこん、からこん
♪穴が三つに、歯が二つ
その歌声は、怖いと言うよりも悲しく寂しい歌声です。
しばらく歩き回っていたげたの化け物は、物置の辺りで姿を消しました。
「おや? げたと物置に、何か因縁でもあるのかね?」
化け物の後をつけてきたおかみさんは、思い切って物置の戸を開けました。
するとそこには、おかみさんが今までに捨てた古いげたが、山の様に積み上げられていたのです。
「あれまあ、こういう事だったのかい」
まだ使えるのに捨てられたげたに魂が宿り、いつかもう一度はいてもらおうと物置を住み家にしていたのでした。
「うーん。これはちょっと、反省しないとね」
それからおかみさんは、はきものをとても大切にするようになり、げたの化け物も現れなくなったそうです。
おしまい