きょうの百物語
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2月13日の百物語

かがみに化けたクモ

鏡に化けた黒クモ
富山県の民話

 むかしむかし、越中の国(えっちゅうのくに→富山県)のある山のふもとに、一人の男が住んでいました。
 男は百姓でしたが、春になると桑畑(くわばたけ)を持っている百姓から桑の葉っぱを買って、カイコを育てている家へ売りに出かけます。
 そして夏になるとカイコを育てている家からカイコのまゆを買って、それを町まで売りに行くのです。
 カイコのまゆから出来る絹は高価なので、なかなかの稼ぎになりました。

 ある夏の事、男は山奥にカイコを育てている家があると聞いて、初めて行く山道をどんどんのぼって深い谷川の上に出ました。
 切り立った岩の下には青黒く澄んだ淵があり、まるで鏡の様に澄み切っています。
「良い眺めだな」
 男は木につかまって、その淵を見下ろしました。
 そしてふと顔をあげると、目の前にキラキラと光る物がありました。
(これはすごい。何てきれいな鏡だ)
 谷の上の空中に、長さが三尺(さんじゃく→約1メートル)ほどもあるきれいな鏡が浮かんでいたのです。
 鏡は太陽の光に反射して、その光が谷川の水にキラキラとうつっています。
(この鏡を手に入れれば、とても高値で売れるだろう。うまくすれば、長者になれるぞ)
 鏡は空中に浮いていますが、その後ろの岩場から手を伸ばせば届きそうです。
(取って取れない事はないな。よし、この場所をしっかりと覚えて、道具を持ってまた取りに来るとしよう)
 男はひとまず、自分の家へ帰る事にしました。

 さて、男からこの話を聞いたおかみさんが、心配して言いました。
「空中に浮かんだ鏡を取るなんて、そんな危ない事はやめておくれよ。もし足でも滑らせて、命をなくしたらどうするんだい」
「命をなくすなんて、大げさな。大丈夫、手を伸ばせば届くんだから」
「でも、やっぱり万一の事があったら」
「心配するな。それよりはやく戻らないと、ほかの人に見つけられてしまう」
 男はそう言って、なわと山刀を持って出て行きました。
「お前さん・・・」
 男が心配でならないおかみさんは、まさかりをかつぐと息子と一緒に男の後を追いかけました。

 おかみさんと息子がどんどん山道をのぼって行くと、男から聞いた谷川の上に鏡が浮かんで、太陽の様にまぶしく光っています。
「本当。あの人の言った通りだわ」
 おかみさんがふと下を見ると、男が岩を伝って、少しずつ鏡に近づいて行く姿が見えました。
 岩にはコケが生えていて、今にも足を滑らせて落ちてしまいそうです。
(どうか、落ちませんように!)
 おかみさんは、手を合わせました。
 そのとたん、
「うぎゃーーーー!」
と、ものすごい悲鳴が、谷川に響きました。
 おかみさんがはっと顔をあげると、男の姿がありません。
「大変! 落ちたんだわ!」
 おかみさんと息子は谷川のせまいところを渡り、淵へおりていきました。
 ふと上を見ると、いつの間にか鏡が消えています。
 二人が不思議に思いながらも男を探していると、ふちのそばの岩かげからうめくような声がしました。
「お前さん、大丈夫かい!」
 おかみさんが急いで駆けつけてみると男が倒れていて、その上に人間よりも大きな黒クモが、おおいかぶさるように乗っていました。
 男の体は黒クモの糸でぐるぐるまきにしばられていて、まるでカイコのまゆの様です。
「お前さん、いま助けるからね!」
 おかみさんはまさかりを振り上げて、黒クモに飛びかかりました。
 息子も山刀を抜いて、黒クモに切りつけます。
 すると黒クモは口を大きく開けて、
 シューーーーッ!
と、口から糸を吹き出して、二人にあびせました。
 その糸はとても丈夫で糸がからまった足が動かなくなりましたが、おかみさんはそのままクモの頭にまさかりを振り下ろしました。
 そして息子が山刀で黒クモの首を切り落とすと、黒クモはまっ黒い血を吹き出して、それっきり動かなくなりました。
「お父さん!」
 息子が山刀で、男にまきついているクモの糸を切り裂きました。
「お前さん、しっかりおし!」
 おかみさんが男を抱き起こしましたが、男はすでに死んでいました。

 息子が周り見ると、人間の骨がいくつも転がっていました。
 この黒クモは鏡に化けて人をだまし、近づいて来た人間をカイコのまゆの様にして食べていたという事です。

おしまい

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